1 出発直前の婚約破棄

1/9
364人が本棚に入れています
本棚に追加
/137ページ

1 出発直前の婚約破棄

『すみません。結婚、なかったことにしてください』  それはお昼の十二時半。お昼休憩で人が少なくなったオフィス。ようやく仕事を片付けて、スマホを見るとメッセージが届いていた。  頭にすんなり入ってこない文章が目に飛び込んできて、なんのドッキリかと差出人を確認する。  『山田ヨシオ』  ――うん、差出人に間違いはない。私の婚約者の名前だ。次いで受信時間を確認すると10:32と表示されている。そこから着信履歴も追加のメッセージもない。  電話をかけてみるが、しばらくコールが続いた後にブツリと切れた。 『どういうことですか? 今から出発なのに冗談はやめてください』 『申し訳ないとは思っています。旅行は差し上げますから、どなたかと楽しんでください』  私からの連絡を待ちわびていたかのように返事はすぐに届いた。 「はああ?」  声が出てしまうのは許してほしい。  非情なメッセージを送ってきた主・山田ヨシオさんとこれからハワイ挙式の予定だったんだから……!  午前で仕事を終わらせて、今から空港に行こうと思っていたところ。数時間後にはフライトの時間が迫っている。  お詫びに旅行を差し上げる? どなたかと、って誰が行ってくれるって言うのよ、当日に、ハワイに! 『電話できませんか? どういうことか説明してください』  そう送ったつもりだったけど――。 「ブロックされた……」  誠実だけが取り柄です! みたいな山田さんの顔を思い出した。この男のどこか誠実なのか。私はなんて見る目がないんだろう。いやそんなことを嘆いている暇なんてない。フライトの時間は迫っているのだ。彼の会社に電話をかけてみようか。……いや、連絡が通じたところでどうなるんだ。未だに頭は真っ白だけど「結婚はなしになった」その事実だけはなぜか理解していた。
/137ページ

最初のコメントを投稿しよう!