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自ら「天使」と名乗っていた彼女――もしかすると「彼」だったかもしれない――は、それが許されるほど完璧な容姿を有していた。
天使は子どもから老人まで数多くの男性、そして女性を愛したが、けっして浮気性ではなかった。つねにひとりだけを愛することが出来たのは、交際が始まるとすぐに相手がいなくなったからだ。
青年はたずねた。
「今、『消す』って言った?」
「知ってる? ちかぢか人類は滅ぶ。けれど善き魂は肉体を得て生き返る」
「僕と関係あることかな」
「私は、その持ち主を見いだす。薄汚れた人間社会で魂が穢れてしまう前に」
天使は目を細めた。
「人類のため、篩の天使に課せられた仕事。それがあなたを消す理由」
「まるで蕩けるような……初めて君の笑顔を見たよ」
青年が口にした、最期の言葉だった。
「あなたには感謝してもらわないと」
腕の中から、彼が消えた。
ついに天使は捕らえられ、法の裁きを受けることになった。
「なにか言うことはないのですか」
裁判官に問われ、ただいちど法廷で口を開いた。
「ざっと見渡したところ……いえ、少々お待ちください」
目を閉じた。まるで聞こえない音をけんめいに聞こうとする風情だった。
「どうやら消すべきヒトは残っていないようです。私は仕事をやり遂げました」
天使があの笑顔を浮かべていたかどうか、誰も知らない。
人類がいちど滅ぶ前の出来事だからだ。
(了)
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