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「南田くん」 田西に呼ばれた。 「悪いんだけどこれやっといてくれない?」 渡された資料は田西自身が使うものではなく、同僚のものだという。資料をデータにまとめてくれというオーダーらしい。どれだけポンコツなんだと改めて思う。プライドがここまでない人は初めて見た。そこまでズタズタにされてしまったと言うのか。社会というものはそういうところなのか。俺はそんな企業に足を踏み入れてしまったというのか。 「田西さんお言葉ですが、人の仕事してないで、自分の仕事した方が良くないですか?」 言い返された田西は驚いた表情を浮かべた。キミまでそんなこと言うのかと表情が物語っている。 「俺なりにネットとか動画で勉強してみたんです。たかが数週間の人間かもしれないですど、俺と一緒に頑張ってみません?」 これではどっちが先輩だかわからない。 ふと視線を感じそちらを見ると、遠くから統括役である芝浦がこちらを見ていた。感情は全くなく冷たい。汚いものでも見ているような感じがした。純平と視線が合うと表情を崩さないままどこかに行ってしまった。 「うーん」 何かを考え始めた田西だが、純平は有無を言わさず資料を押し付けた。 「これ戻してきてください」 田西が目を丸くした。自分が同僚に戻さなくてはいけないのかと思っているだろう。どう請け負ったか知らないが、断るのも本人がやるべきだ。 「早く早く」 資料を抱えたままの田西の背中を押す。行きたくないのがわかるほど田西の体重が手にのしかかってくる。それでも押す。結局押したままその同僚の元に着いてしまった。席に座ってパソコンを叩いていた同僚は田西と純平を見上げた。この同僚も汚いものでも見るような目つきだ。 田西の背中から「早く」と小声で囁く。 「あ、あの……」 「あれ?もう終わったの?早いね」 同僚は手を差し出した。 「こっ……これ、自分でお願いします」 持っていた資料を同僚のデスクに叩きつけるように置いた。すぐに踵を返し自分のデスクに走るように逃げていった。純平は一人取り残された。 田西の同僚が舌打ちをし口を開いた。 「なんなんだよあいつ。黙ってやってりゃいいのに。水槽にくっついてるタニシのようにいりゃいいんだよ、この出来損ないが」 耳を疑いたくなる言葉が田西の背中に向けられた。過去に何があったか知らないが、さすがに言い過ぎではないだろうか。 確かタニシは水槽の藻を食べてくれるのではなかったか。それで水槽の中が綺麗に保たれると聞いたことがある。タニシにはタニシの役割があるように、きっと田西にもこの会社でも役割があるはずだ。 「なに?仕事の邪魔だからあっち行ってくんない?」 田西の同僚から冷たい言葉が浴びせられた。 純平は一度頭を下げてから自分のデスクに向かった。
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