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次の休み、純平はチラシを持って探偵事務所を訪ねた。その事務所は、雑居ビルの三階にあった。細い階段を雪絵とシロと上がると鉄扉に看板が掛けられていた。 Bota-Malon探偵事務所 ボータマロン探偵事務所とでも読むのだろうか。鉄扉の前で大きく深呼吸をした。ノックをしてみる。 「どーぞ」 中から男性の声が聞こえた。 「失礼します」 扉を開けると四十代と思われる男性が一人デスクに座っていた。 「いらっしゃい。どーぞ」 手をさしのべられたソファーに向かう。男性もデスクからソファーに向かった。男性が腰掛けるのと同時に純平も腰をおろした。その横に雪絵は座りその上に雪絵の頭を乗せ、頭の隣にシロが座る。男性の真正面に座らない純平を少し訝しんだ。男性には二人が見えないようだ。 「ボータマロン探偵事務所の墓田(ぼた)と申します。今日はどうしました?」 名刺を渡された純平はかいつまんで話した。 「なるほど。その人に会いに行ったら家が無くなって更地になっていたと。転居先もわからないからお手上げでここに来たというですね」 妙に落ち着いた口調で噛み締めるような、思考しながらのような話し方が少し鼻につく。探偵は初めてだがみんなこんなもんなのか。 「任せておいてください。こう見えて人探しは得意中の得意ですから」 胸を張り軽く叩く安い素振りに、早くも不安を感じずにはいられない。 「こういうところに来たことないからわからないんですけど、費用ってどれくらいでどんな感じで支払うんですか」 「任せておいてください。うちは他の探偵事務所と違って良心価格でやらせて貰ってるから安心ください」 明言を避けられても不安しかない。 「初期費用とか成功報酬とかどれくらいなんですか」 墓田はにっこりと笑って「うちは安いですから、安心してください」と繰り返すのみだった。 その問答が何度か繰り返されるうち、次第に純平はイライラしてきた。隣にいる雪絵も首を横に振る。 「明確な費用がわからないなら他に当たります」 痺れを切らした純平はそう切り出し、席を立とうとした。 「ああ、待ってください、待ってください」 慌てて純平を手で制した。 「こちら価格表です」 ソファーの横のブックスタンドに立てかけられていたファイル取り、純平の前に広げた。 こういうのがあるなら最初から出せばいいのにと思いながらそれを見ると、ネットで調べた費用より二倍近くした。無言で価格表を見つめる純平に墓田は話を進めようとする。 「だいぶ良心価格ですよウチは。こちらでやらせてもらう形で大丈夫ですかね」 純平は墓田に視線を移した。どことなく胡散臭い。初めてと言ってしまったことがアダとなってしまったかもしれないと少し後悔した。 「ネットで調べた費用よりだいぶ高いんですけど何が違うんですか」 明らかに墓田の顔色が変わった。一瞬視線を純平からはずし再び向けた。 「あっそれはね、総額表示されてないのが多いんだよ。安いって感じさせておいていざ支払いになると、プラスであの費用この費用って追加されるんだよ。その点ウチは全額表示だからね」 急に敬語ではなくなった。 「じゃあ、他の探偵事務所にも話だけ聞きに行ってきます。どちらにせよ安いお金じゃないので、それで決めさせて貰います」 純平のその言葉に墓田は別のファイルをブックスタンドから引き抜いた。 「OKOK。じゃあこちらの価格じゃどうだい?」 新たに定時された金額は純平がおおよそ予想していたものと変わらなかった。いわゆるネットで調べた相場に近い。 「初めてって言ってたから、特別サービスでこの価格でやりますよ。これならどうだい?」 特別サービスとか言ってるものの、既にその資料がある時点で二重価格を用意してたとわかる。最初に提示した価格で成約すればウハウハということだ。 「わかりました」 純平の言葉に墓田の顔は明るくなった。 「一度帰って考えてまた来ます」 「あっ、いやっ。この価格で対応するの今日までの期間なんだよね。次来る時は最初に見せた価格に戻っちゃうんだよ。だから今日話進めておいた方がいいと思うよ」 隣に座る雪絵もしきりに首を横に動かす。シロは困ったような顔をしていた。 「あと、今日決めて貰えないと、相談料で一万円かかっちゃうんだよ。決めてくれればそれはいらない」 そんなこと一言も言われていない。明確にどこかに表示もされていない。 純平は無言のまま立ち上がった。 「そんなこと初めに言われてないですよ。どこかに書いてあるわけじゃないし、払う義務ないですよね」 捨て台詞を残し事務所を出た。 手に持っていたチラシは目に入ったゴミ箱に捨てた。
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