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戦士
「なあ、イヌ!」
「イヌじゃないワン、シロだワン」
「なんでお前まだいるの?」
シロがたろうちゃと再開したのは一ヶ月も前のこと。これで心置きなく成仏してくれると思ったのにも関わらず、いまだにシロは純平の傍にいた。
「別にいいじゃないですか。いなくなっちゃったら寂しいですよ」
雪絵はそう言う。
いやいやいや!そうじゃない。寂しいとか賑やかとかそういうのじゃなくて、根本的な部分がズレている。お前たちはこの世のものではない。のうのうと人の家に住みつくんじゃない。
頭を抱えながら出勤する。
「おはようございます」
田西に挨拶すると、昔より血色が良くなった顔でにこやかに笑った。出会った当時は生気も失われ、心もここになく、表情は全くなかったが、今では少しずつ人間らしさが戻ってきた。
「おはよう、南田くん」
以前とは比べ物にならないほど聞き取りやすい声。ハツラツとまではいかないが、元気な証拠だ。
純平がデスクにつくやいなや、会社の携帯が鳴った。携帯の画面には知らない携帯番号が表示されていた。
「はい、ユーゼロ商事の南田でございます」
「あー南田くん?朝からごめんね」
どこかで聞き覚えのある声だった。
「あ、はい。大変申し訳ございません。お客様はどちら様でいらっしゃいますか」
尋ねると田西の取引先のあの読書が趣味のあの社長だった。
「あっ、社長、いつもお世話になります」
目の前にいない社長に向かって純平は頭を下げた。慣れた先輩達であれば口調だけでその様子が示せるだろうが、純平にはまだ出来ずに、行動を伴い深々とお辞儀していた。
「いかがなさいましたか?」
「実は一つ頼みたいことがあってね」
「ええ、もちろん。わたくし共のできることであればなんなりと」
電話越しの社長は急に小声になった。
「近くに担当に田西くんはいるのかね」
田西に聞かれたくないことを察知した純平は、「少々お待ちください」と言いながら、フロアを歩き出した。そのまま廊下に出て壁裏に張り付く。
「今廊下に出ました。周りには誰もいません」
「おお、そうか。気を使わせて悪いね」
社長の声のトーンは元に戻った。
「わたくし共に頼みたいことってなんですか?」
社長は話出した。
社長からの話をまとめると、今まである商材を取引していた商社があったらしいが、社長との取引を中止すると一方的に通達があったらしい。人づてに回ってきた噂によると、取引していた商社は零細企業との取引先を絞り出したらしい。もっと大手のところに注力し、小さな会社で少しの受注は切り捨てるという判断に至ったようだ。確かに小さな受注を沢山貰うより、大口をもらった方が営業効率がいい。営業マンの足を運ぶ場所が少なくなればそれだけ大手に時間が避けるということだ。
しかもこの取引を担当の田西ではなく、純平としたいと言うのだ。
「社長、お気持ちは大変ありがたいのですが、担当者を差し置いて契約となると、さすがに波風がたちすぎます。もしよろしければ担当の田西と契約で進めていただけないでしょか」
「うーむ」
社長が電話越しに唸っている。わざわざ本の感想を伝えに行った純平のことを気に入って貰えたのは嬉しい限りだが、サブとして顔を出し名刺を交換した。担当の田西を差し置いて契約となると、今後の会社での田西の立場はもちろん、純平との関係にも問題が出てくるだろう。
また今度近くに来たら寄ってくれ、というまとめで電話は切られた。
田西になんて言おうか逡巡した。正直に話されたら面子がたたない。しかし、嘘で固めても両者にとっていいことはない。
ふと強烈な視線に気づき見ると、田西がキーボードに手を置いたまま、首を80°後ろに曲げて純平を凝視していた。
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