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「ただいま」
一人暮らしのはずの家に、「ただいま」と言って入るのがおかしいと思っていたのは遠い昔のようだ。今ではそれが普通になっている。
「あら、おかえりなさい」
「おかえりだワン」
「おかえりなさい」
こうやって出迎えられるのも悪い気がしない。はたから見たらおかしいかもしれないが、慣れてしまえばそんなに変な感覚はない。
ん?いつもより迎える声が多いのに気がついた。女性である雪絵の大人の落ち着いた声と、小型犬の鳴き声のような甲高いイヌの声。それの後に、少し疲れたような男の声が混じっていた。
「ぬおっ!」
思わず声が出た。和室のテーブルの向こう側。雪絵の傍に座り頭を撫でられ目ん玉をブラブラ揺らすイヌと、その横に迷彩服を着たよく分からない男がいた。
「お前は誰だ」
純平は指を指して問うた。
「ワタシは石詰と申します」
普通に返答が返ってきたがそうではない。そうではないのだ。なぜ俺の家によく分からない連中が住みつく。問題解決した幽霊でさえ成仏しないでいる。新たな迷彩服も絶対あっちの世界の人間だ。着ている迷彩服はボロボロで、背景にとけこむ為に施したであろう、顔にしてある泥塗れのペイントを切り裂くように、いくつもの生々しいキズがある。そのキズから出た赤い液体は凝固していた。
「別にあんたの名前を聞きたいんじゃない。なぜここにいるのか聞きたいんだよ」
純平は改めて尋ねた。
「ワタシは一小隊を任されていた身分です。不甲斐なく戦火で命を落としました。それでもやはり部下たちの安否が心配なんです。みな無事家族の元に帰れたのか」
最後は俯きながら話す石詰という迷彩服男。きっと戦場で戦って命を落としたのだろう。任されていた部隊の部下たちの安否が気になるという。しかしよくよく考えてみると、純平の質問には全く答えていない。
「純平さんがお仕事中、あっちに行ったらたまたま見つけて。話聞いてたら放っておけなくて連れてきちゃいました」
連れてきちゃいました、じゃないの。旧友に久しぶりに会ったから一杯飲んじゃいました、くらい軽く言っているが、ことはそんなに簡単ではない。問題事を連れて来るんじゃない。
「はぁ」
純平は大きくため息をつき、改めて石詰に目をやった。彼も疲弊した表情をしていた。
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