戦士

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仕事では田西の取引先といい関係を築き始めている。本好きの社長、文古(ぶんこ)社長は純平のことを大変気に入ってくれ、新たに取引をする際、純平と取引したいと申し入れられたときはどうしようかと思った。正直嬉しい話ではあったが、先輩である田西を差し置いて自分がしゃしゃり出るわけにはいかない。やはり年功序列、先輩は立てるべきであると思う。 田西はことあるごとに「別に俺のこと気にしないであの社長と組めばいいんだ。俺なんてどうせそんなもんさ」と、不貞腐れているのを慰めるのに苦労した。 「田西さんがいなければこうやって俺と繋がることはなかったんですから。田西さんの今までの功績ですよ」 取って付けたようなセリフに田西はまんざらでもなかった。実際、細々ながらも田西が繋いでいたからこそ、今回の取引が成立した。確かに、他の先輩方からすると大した取引ではないかもしれないが、ずっと人の仕事をしていた田西からすればとんでもない進歩だ。 文古社長は本当ならば純平を応援するために、純平との取引を最後まで望んだが、純平はそれを頑なに拒んだ。 「私が一人前になって巣立ったときに是非変わらぬ応援をいただけたら嬉しいです」 純平の真摯な言葉に頷き了承してくれた。 田西の話は瞬く間に社内に広がった。あんなにやる気のなかった男が目の色を変えて仕事に打ち込んだのだ。文古社長との取引が増え、少し認めて貰えたことが嬉しかこだろう。しかし田西の同僚達は冷ややかな目で見ている。お前なんかに何ができるんだと言わんばかりだ。それでもやる気の出た田西は仕事が楽しそうだ。 増えた仕事はたかがしれているかもしれないが、そのことが本人を変えたのは確かだ。純平は自分のことのように嬉しかった。ほんとにどちらが先輩がわからない。 仕事用の携帯が鳴った。文古社長からだ。 「はい、ユーゼロ商事の南田でございます。いつもお世話になっております」 席を立ちながら頭を下げた。どうしても電話をしながら頭を下げることがやめられない。別にやめなくてもいいのだが何となくやめたい。 「あー南田くん。ちょっと話聞いてもらっても大丈夫かい?」 「はい」 廊下に出た純平は柱の影に隠れるようにして寄りかかった。 「南田くんに紹介したい人がいてな」 「社長!ほんとですか、ありがとうございます。是非お願いします」 自然と声が大きくなってしまった。思わず周りを見回し身を縮めた。 「その人も本が大好きだから、南田くんと話が合うと思うよ。取引云々ではなくて、人として、人生の素晴らしい先輩として紹介させてくれないか」 文古社長の話は素直に嬉しかった。まだまだ駆け出しものの純平を応援してくれる人と早々に出会えたのは奇跡に近い。普通取引先では、熟練のスーパー営業マンが好まれる。色々なワガママに対応してくれるからだ。純平にはそのスキルは無い。取り扱っている商材の仕入先も別段純平のことを特別視していない。よって、緊急の対応をしてくれない。 名前の知れたスーパー営業マンは、その仕入先ともズブズブの関係の人であれば、「すいませーん、あれが欲しいんですけど」と仕入先に言えば、遅くても翌々日には届くであろうし、もしかしたら当日に持って来ることもあるだろう。純平がお願いしたとしても、仕入先は送料を削減するため、うちの会社の他の人の発注と同時期にすることで納期未定になってしまう。
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