馬人と魚人

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馬人と魚人

純平は先鋒社長から貰った簡単な資料を片手に頭を捻っていた。自分の所属するユーゼロ商事で扱う商品やサービスを大雑把に書き出した。商品に関しては仕入先にお願いすれば多少は融通がきくかもしれないが、サービスに関してはお互いの契約になるので勝手に新しいものを作るわけにはいかない。新しい商品を仕入先にお願いするよりも、今あるものを最大限活用する方が明確で早いと思った。今ある環境をどう活かしていくのかを考える。まだ見ぬ敵をいかに潰せるか、更には先鋒社長達が頷くような内容かが重要だ。 定時になり田西が席を立った。 「お疲れ様」 そう言い残しそそくさと会社をあとにする。田西のルーティーンだ。 朝は以前より早く来るようになったが、退社は定時ピッタリにあがる。他の先輩や同期達の中で定時であがる人はいない。周りから冷ややかな目で注目を浴びる中、何食わぬ顔で帰れる精神の強さは一級品だ。 その後、ある程度みんなが帰ったあとに純平が帰るのが通例だ。今夜もそのようにして帰宅した。 バスに揺られながら車窓を流れる景色を眺めていた。夜は昼間見る景色とだいぶ違う。電気をつけて自分の存在をアピールするお店や街灯は目に止まるが、消灯しひっそりと身を潜めているお店は視認できない。昼間より圧倒的に情報量が少ない。ましてや、自宅に近づくにつれ光が無くなって、寂しくなっていく。それでも純平はこの道中が好きだった。 今の家をあてがわれたときはどうなるかと思った。夢のマンション住まいと思っていたのに幽霊が出る一軒家になってしまった。当初の予定より出社に時間を取ってしまうのは難だが、ぼんやりと考え事をするにはちょうどいい時間だ。終点というのもありがたい。 「ただいま」 一人暮らしのはずなのにこうやって帰るのにはもう慣れた。慣れすぎてなにも疑問を抱かなくなった。「おかえりなさい」と重なる声も今では当たり前だ。 和室に続く扉を開けると見慣れないものがあった。今までの純平の生活にはなかったものだ。そもそもものと表現していいのだろうか。そいつは動いていた。
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