プロローグ

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プロローグ

 ――人間は原因が理解できない異常な現象に接触した場合、その現象は人間の力ではどうにもならない不可抗力から来ていると推理しがちである。  ゲラルド・ファン・スウィーテン――吸血鬼に関する医学的報告書より。  ぽつねんと燃ゆる月が浮かび上がる真夜中、人口五百ほどの小さな村に奇妙な明かりが灯っている。光は無数の火の玉となり、宙を漂いながら村外れの墓地へと真っ直ぐ伸びていく。  辺境の小さな村、コセル村では数日前から不審な死が相次いでいた。 「ああ、なんて恐ろしい」 「仕方ねぇだろ」  ランタンや松明を掲げる男たちの顔色は蒼白く、まるでこの世を彷徨う亡霊のようにも見える。手には大きなスコップを持っていた。 「このままではいずれ、皆やつに殺されてしまうかもしれねぇ」  男の一人が今にも泣きそうな、怯えきった声で不安を唱えると、隣の男も同意した。 「そうだ! 俺たちの手で殺さねぇと。殺さなければ村が全滅しちまう!」  恐怖心は伝染し、次第に異口同音「殺さねばっ!」口々に唱えながら歩調を速めた。 「――――」  目的の墓地にたどり着いた彼らは、とある墓石の前で固唾を飲んでいた。  なんの変哲もない墓石にはパウロ・パウダーと死者の名が刻まれている。 「掘り返すぞ」 「――のっ、呪われるかもしれんぞ!」  静寂の夜に嵐のような大音声が吹き荒れた。  死者の眠りを妨げるという行為は、信仰心の強い者からすれば耐え難い行いである。そうでない者からしても、やはりその行為には多かれ少なかれ抵抗があった。 「村を救うためだ!」  老人の大声が青年の声にかき消されていく。 「神も、きっとお赦しになるはずだ……」  ある者は懐から取り出した聖書を、またある者は胸の十字架を握りしめていた。恐怖に打ち勝つためには神にすがる他に方法はない。 「分担して掘りましょう」  男たちは一斉に、それぞれの道具を大地に突き立てる。  ぐさぐさぐさ……。  額に玉のような汗を浮かべながら、男たちは一心不乱に土を掘り返した。  罪は皆で受けるという意識のもと、男たちは互いを監視しながら作業を続ける。  しばらくすると――カンッ!  何か硬いものにぶつかる。冷たい土の中から見覚えのある木製の棺が顔を出していた。棺には死者の名前と生年月日が刻まれている。 「間違いねぇ、パウロの棺だ!」  誰かの大きな声に男たちは黙り込んだが、やがて取り出そうとする声に応じてうなだれるように頷いた。  依然として男たちの表情は険しいままだった。 「たしかめないと」  蓋がされて杭で打ち付けられた棺の蓋をバールでこじ開けた男たちの顔が、またたく間にして凍りついていく。 「なんだよこれ――!?」 「どうなっているんだ!?」  男たちが驚くのも無理はない。  なぜなら、十週前に死んだはずのパウロ・パウダーの遺体には目立った外傷もなく、腐敗の兆候も一切見られなかった。  さらに口や鼻からは新鮮な血液が滲み出ており、棺の中には完全に乾ききっていない血液がまだ残っていた。 「こりゃどうなってんだ!?」  腰を抜かした男に、別の男が驚きの言葉を口にする。 「伸びている! パウロは十週前に死んだはずなのに、どうして髪や爪が伸びているんだ!?」  十週前に亡くなったはずの男の髪や爪は、まるで生きているかのように伸びていた。さらに口元には大量の血液がついている。 「バンパイアだ! やっぱりパウロが連続殺人鬼――バンパイアだったんだ!」  真夜中の墓地に信じがたい言葉が嵐のように飛び交った。  恐怖に取り憑かれた男たちは、村を救うためだと信じて、パウロ・パウダーの心臓に銀の杭を打ち込んだ。 「――ぐぎゃぁあああああああああああッッ!!」  すると次の瞬間――死んだはずのパウロ・パウダーが断末魔の悲鳴を響かせた。  その恐ろしい声は村中に響き渡ったという。  辺境の小さな村で起こったバンパイア事件は、瞬く間に広まり、アルストリダム国だけでなく、世界全体を恐怖に包み込んでいくこととなる。
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