修道女再び!?

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修道女再び!?

「この辺りは随分土地が荒れているんだな。村もこんな感じなのか?」  トラヴィスは流し目でユセルに水を向けた。 「この辺りは土が痩せていて耕地には不適切だからねと、あたいは思ってみたりする」 「村は大丈夫なんですか?」 「コセル村はもうしばらく先だよ。窓から身を乗り出せば見えるだろ? 壮麗にそびえる山が。その麓にコセル村はあるのさ。だから農耕地としても最適ってわけさと、あたいは報告してみたりする」  ――村を築く条件としては申し分ない位置というわけか。 「お前から見たコセル村の印象は……?」 「バンパイア事件が起きた村なんだから、そりゃ村人たちは陰気臭いって感じだねと、あたいは思ってみたりする」 「村の人たちの不安は計り知れないでしょうね」  膝の上に乗せた少女の頭をなでつけるエリーの顔は締まりがなく、言葉と表情がまるで合っていない。こんなやつに心配されるコセル村が不憫だなと、少年は密かに嘆息する。 「おっ先やでぇ~!」 「……………………………………………………は?」  ぼんやりと窓の外を眺めていたトラヴィスの前方を、いつぞやの修道女が馬で駆けていく。 「イザベラさん!?」 「あの服装と態度がチグハグなのはあんたらの知り合いかと、あたいは思ってみたりする」  トラヴィスは慌てて窓から身を乗り出し、修道女に向かって大音声を響かせた。 「おい! 待ちやがれ!」 「なんでウチがのろまな馬車を待たなアカンねんな。お得意の司書(ブックマン)権限とやらで馬に命令でもしてみたらええんとちゃうか?」  快活な高笑いと馬の嘶きを響かせたイザベラの背中が、どんどん遠ざかっていく。  女の挑発的な笑い声に、トラヴィスは悔しさを噛み殺すように歯ぎしりを立てていた。 「司書(ブックマン)命令だァッ! この馬車を抜かすことは許さん! おい、貴様に言ってるんだぞ!」 「ラービナル教会は大図書館(パウデミア)司書(ブックマン)には従わんちゅう総意なんや。ほな、ばいなら~!」 「っざけんなこの野郎ッ!」  ――ラービナル教会の修道女なんぞに負けてたまるか!  トラヴィスは連絡窓から顔を出し、噛みつくように御者台の男に指示を飛ばす。 「今すぐスピードを上げてあの馬を追い越せ!」 「無茶を言わんといてくださいよ。さすがに馬車と早馬じゃ……ねぇ?」  何を莫迦なことを言っているのだと、御者の男は苦々しく笑っていた。 「誰だよこんな遅い馬車を用意した奴は! お陰であんなのに先を越されちまったじゃないか!」 「あたいのせいだっていうのかい!? そもそもこの馬車を手配したのだってあたいじゃないんだと、あたいは猛反論してみたりする!」 「ああ、もういいっ!」  先を越されてしまった苛立ちから落ち着かない様子のトラヴィスは、何度も窓から顔を出しては前方を確認している。 「遅い! これ本当に馬車か? 牛車の間違いなんじゃないのか!」  すっかり見えなくなってしまった彼女への焦りから、喚き散らさずにはいられなかった。  ――ギィイイイイイ! 「な、なんだ!?」  すると、突然馬の嘶きとともに馬車が大きく揺れた。まもなく急停車。反動によってエリーとユセルの二人がトラヴィスに向かって吹き飛んでくる。 「うぎゃあ!?」 「痛いです」  二人を受け止めたトラヴィスは真っ先に御者へと声をかけた。 「何事だ!」 「馬が突然暴れ出しちまって……少々お待ちを」 「ったく、踏んだり蹴ったりだな。一体どうなってんだよ」  今日は人生で五番目に最悪な日になるかもしれないと、トラヴィスは髪を掻きむしった。 「焦っても仕方ないじゃないですか」 「それはそうだが」  エリーに諭される形でじっと待つトラヴィスだったが、次第にカタカタと貧乏ゆすりが激しさを増していく。 「何かあったのか?」  扉が開けられると、御者が申し訳無さそうに頭を下げていた。 「それが……」  御者の話を聞いたトラヴィスが急いで馬車から飛び降りた。 「っの野郎っ!!」  爆発寸前のトラヴィスが大地を蹴りつける。 「これは酷いですね。でもなんでこんなものが……」 「んっなことは決まっているだろ!」  あの性悪女が俺たちの到着を遅らせるため、進行方向に撒菱を撒いていたのだと大激怒。 「これじゃあ馬車での移動はもう無理そうだねと、あたいは思ってみたりする」  これが聖職者のすることかよと立腹するトラヴィスだったが、すぐに相手がラービナル教会だということを思い出した。 「大至急新しい馬車を手配するよう、ホスタルに残っている協力者に伝書鳩を飛ばそうかいと、あたいは提案してみたりする」  少し待てと掌を突き出したトラヴィスは、コセル村までは後どのくらいかと御者に尋ねた。 「ここからだと十キロもないと思いますけど」  ――協力者(サポーター)が次の馬車を手配し、ここに到着するまでの時間を考えれば歩いた方が早いな。 「協力者(サポーター)には馬が負傷したことだけを伝えてくれ。俺たちは歩くぞ」 「早足で歩けば二時間程度で着きますし、それが良さそうですね」  大きな背嚢から鳥籠を取り出したユセルは、その中の一羽にメモを括りつけた。鳩が大空へ飛び立ったことを確認したトラヴィスは、再び御者へと向かい合う。 「直に大図書館(パウデミア)の関係者がここにやって来る。あんたはそいつからここまでの代金と、馬の治療費、それに迷惑料を受け取ってくれ。なにか不都合が生じた際は大図書館(パウデミア)司書(ブックマン)、トラヴィス・トラバンまで連絡をくれると助かる」 「いいのかい? こっちのミスなのに治療費やら迷惑料まで?」 「これはあんたのミスじゃない。こっちの問題だ。あんたが気に病むことはない」  御者に別れを告げた一行は、徒歩でコセル村へと移動を開始した。 「あんた本当に変わったねと、あたいはかなり驚いてみたりする」 「そうか……?」 「昔のあんたなら御者の男を気にかけるなんてしなかったよ。むしろ撒菱を避けられなかった御者に罵詈雑言を浴びせていたさと、あたいは思ってみたりする」 「意外です! トラヴィスさんってそんな人だったんですか?」  興味津々ですと話に割り込んできたエリーに、ユセルは感慨深くうなずいた。 「かつては赤い死神なんて言われていたこともあったさと、あたいは変わった男の背中を見つめてみたりする」 「赤い死神……? トラヴィスさんが? 信じられません」 「トラヴィスが引き受ける仕事の大半は、弱者を食い物にしたような国絡みの事件が大半だったからね。真実を公にされた国からしたらまさに死神さ。実際にトラヴィスが滅ぼした国を数え上げればきりがないねと、あたいは思ってみたりする」  ユセルは少しだけ誤解をしている。トラヴィスが国家、または貴族が関わる事件ばかりを扱っていたのはたまたまである。  そして、それらを公にすると判断したのも彼ではなく法王なのだ。  トラヴィスはただ、どこに居るかもわからないエトワールに自分が役立たずではないということを知らせるためだけに、派手な事件を選んでいただけに過ぎない。  その結果、調査部のエースなどと持て囃されていたのだ。 「私は今のトラヴィスさんの方が素敵だと思いますよ」 「ただ落ちぶれただけだ」 「落ちぶれてまともになったんなら、落ちぶれて正解さと、あたいは思ってみたりする」 「……村まではかなりある。喋ってばかりいると着いたときには動けなくなるぞ」  珍しく照れた様子の少年に、すっかり打ち解けていた二人の笑い声が小さくこだまする。  一体二人はいつの間に仲良くなったのかと思いながらも、トラヴィスは先を急いだ。
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