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コセル村
「くそ……なんで俺がこんな目に遭わねばならんのだ」
「死ぬかと思いましたね」
「あたいはもうヘトヘトだよと、思ってみたりする」
急ぎ足でコセル村へとやって来た一行は道中、野犬に襲われ、随分と遠回りをさせられていた。
「予定よりずっと遅れてしまいましたね」
本来の予定では昼過ぎにホスタルを発ち、十六時前には村に到着しているはずだった。
が、すでに辺りは暗闇に包まれていた。
「すべてあのイザベラとかいう性悪女のせいだ!」
「あの女が撒菱を撒いたなんて証拠はどこにもないじゃないか。トラヴィス・トラバンともあろう者が推測だけで断言していいのかいと、あたいは思ってみたりする」
ユセルの鋭い指摘に「くっ」と喉を鳴らしては、口を真一文字に結ぶトラヴィス。
「それにしても静かですね。皆さんもう寝てしまったのでしょうか?」
「まだ二十時だよ? さすがに寝るには少し早すぎるんじゃないのかいと、あたいは思ってみたりする」
家屋や家畜小屋が建ち並ぶ建物の壁には角灯が掛けられている。山の麓に位置する村ということもあり、村のあちこちに獣除けの工夫が見受けられた。
「住民の知恵というやつですね」
「しかし妙だな。人の気配がまるで感じられん」
村の入口付近からざっと周囲を見渡してみるが、村は不気味なほど静まり返っている。
「ん……?」
月明かりに足下が照らされると、トラヴィスはその場に屈んで地面を指でなぞる。まだそれほど古くない蹄の跡は、間違いなくイザベラによるものだろう。
「皆さんはどちらにいるんですかね? あちらのお宅で尋ねてみましょうか? 今夜泊まる宿も手配しなければなりませんし」
エリーの提案で近くの民家を訪ねる一行だったが、何度ノックをしても返事はなかった。
「不在でしょうか? ……ってトラヴィスさん!?」
構わず扉を開けたトラヴィスは、何食わぬ顔で部屋に踏み込んだ。生活感漂う室内には、食卓の上に食べかけのパンとスープが三人分並べられている。
「食事中……だったみたいですね」
「この家の住人は食事をほっぽらかして何処に行っちまったんだいと、あたいは訝しんでみたりする」
「まだ温かいな」
トラヴィスはスープが入った器に触れ、室内に視線を走らせる。ポールハンガーにはコートが掛けられたままだった。
「それなりに急いで部屋を飛び出した、そう考えるのが妥当なところだろうな」
「それって……もしかしてバンパイアが出たんじゃ!?」
「それはない」
彼女がすべてをいい終える前に、トラヴィスはエリーの考えを否定した。不服そうにエリーが頬を膨らませる。
「どうして断言できるんですか?」
納得いかなかったエリーが反論に出る。
「食卓の上をよく見てみろ」
言われてテーブルに視線を向けるエリーだが、そこには食べかけのパンとスープがあるだけ。特に変わった点はなかった。
「別に何もないですけど……?」
困り眉を作る彼女の傍らで、「なるほどねと、あたいは思ってみたりする」理解したように首肯するユセルの姿があった。
「え!? 何かわかったんですか!」
エリー・リバソンはたしかに司書試験を突破した司書だが、実際に現場に出るのは今回がはじめて。現場経験という点に置いては、ユセル・バイア・スカーレットの方が上になる。協力者は司書ではないが、事件の資料を作成するための卓眼を備えている。
よって些細な点にも気がつけたりするのだ。
「バンパイアが現れたんならこんな風にスプーンを丁寧に並べたりはしないよ。慌てて飛び出したんなら尚更さ。スープが飛び散っていないのも不自然だねと、あたいは思ってみたりする」
「この状況から推測できることは、家主は誰かに呼び出されて食事を中断。そのまま家族を伴い家を出た、というところだろう」
「凄いです! 食卓を見ただけでそこまで分かってしまうものなんですか!」
意外なほど素直な反応を示すエリーに多少驚きつつ、問題は食事を中断してまで自宅を空ける必要があったという点だろうなと、トラヴィスは考えを巡らせている。
――村の様子からして、この家だけではないだろう。
村人全員がどこか一箇所に集められているはずだと考えていた。
――まず間違いなくあの女……いや、祓魔師の仕業か。
イザベラより先に村に到着していた祓魔師は、遅れてやって来た彼女から自分たちに関する報告を受ける。バンパイアを退治することが目的である祓魔師は、大図書館の司書がやってくる前に蹴りをつけようと考えたはず。
――ならば祓魔師の目的はなんだ……? なぜ村人たちを集める必要があった?
――そうか!
「エリー! ユセル! 手分けして村をしらみ潰しに捜索しろ。村人は祓魔師によって集められているはずだ」
「どうしてそんなことをする必要があるんですか?」
「言っただろ! やつらは時に真実をねじ曲げる。仮にバンパイアなど存在しないと知ったところで、ラービナル教会がバンパイアを退治したという事実を作り上げさえすれば、それは人々にとっての真実になり得てしまう」
「まだ真実にたどり着いていないかもしれません」
「同じことだ。一度でもバンパイアを退治したという事実が知れ渡れば、バンパイアの存在を今よりも人々は信じることになる。そうした者たちがラービナル教会に救いを求めることになるんだからな」
それは疑心暗鬼に陥った人々による、大量殺人の幕開けでもある。
「とにかく一刻も早く村人たちを見つけ出せ!」
外に出ようとトラヴィスがドアノブに手を伸ばした刹那、「村の中央だね」甲高いユセルの声が背中越しに響いた。振り返ると窓の外に視線を向けるユセルの姿があった。
彼女の視線をなぞるように窓の外に目を向けたトラヴィスは、闇の中、ぽつねんと赤く光る不自然な明かりを発見する。
「みんな集まって焚き火でもしているんでしょうか?」
「なっわけあるかっ!」
弾かれるように家を飛び出したトラヴィスは、間に合ってくれと脚を振り上げた。
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