緊急要請

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緊急要請

 トラヴィスたちは手分けして遺体を掘り返した。並べられた遺体の腐敗具合を確認すると、やはり遺体の腐敗は全身に広がっていた。 「ゔっえええええええ!?」  盛大に吐瀉物を吐き出したジャックスの背中を、イザベラが心配そうに擦っている。 「あれで祓魔師(エクソシスト)なんて務まるのかいと、あたいは思ってみたりする」 「初任務で腐った死体の山を目の当たりにすれば、大抵の者はああなる」 「それにしても、ひどい臭いですね」  対するエリーは案外平気そうだった。 「死後数日経った遺体なんてこんなものだ。人も死ねばただの肉塊。そりゃ腐りもするさ」 「でも、この遺体たちはどうやって地面から這い出たのでしょうか?」  そんなものは簡単だと、トラヴィスは生い茂る緑に目を向けた。  この村は山の麓に位置する。建物には山から下りてきた獣が村に入って来ないように角灯が提げられているが、墓地にはそれらがない。  この辺りまでなら野犬や狼も侵入する可能性がある。  昨夜トラヴィスが聞いた遠吠え、あれはまさに山から下りてきた獣の声だったのだろう。 「これは野犬が掘り返した、そういうことですか!?」 「一般的に遺体を埋葬する際は大きな穴を掘る必要がある。最低でも一メートル以上は必要だろう。でなければ今回のように野生動物に掘り返されてしまうからな。それに、近くには狼が残した糞尿も確認できた」 「ここらの遺体は一目で浅く埋められていた事がわかるからねと、あたいは思ってみたりする」 「二人は一目見ただけで気付いていたってことですか!? 凄すぎます!」 「そんなんが分かったからってなんや言うねん!」  背後からイザベラの怒声が鳴り響く。凄まじい剣幕でトラヴィスたちをねめつけていた。 「確かにお前のいう通りだ。こんなことが分かったところで、村で起きている不可解な事件の謎が解けるわけじゃない」 「でも一つ謎は解けました! 少なくとも、死者が地面から這い出て来ることはあり得ないということです」 「せやったらパウロ・パウダーはどないなんねんな! あいつの遺体は死後十週が経過してから掘り起こされてるんや。せやのに遺体には腐敗の痕跡は一切見受けられず、それどころか、死後も髪や爪は伸び、真新しい血に、死者の断末魔! さらに亡くなった十八人全員がパウロを見たって証言してるんや!」  その通りだと頷いたトラヴィスは、最も不可解な謎はパウロの遺体にあると考えていた。  それらの謎を解明するためにも、トラヴィスにはやらねばならない事があった。 「見ての通り今回の騒動は野生動物による仕業だ。だが彼女のいう通り、パウロ・パウダーの遺体の謎だけはどうしてもわからない。そこで――」  トラヴィスは村人たちにある頼みをすることにした。 「正気か君っ!」 「頭おかしいんとちゃうか!」 「さすがに、私もそれはどうかと思います」 「真実を見極めるためならやむを得ないだろうねと、あたいは思ってみたりする」 「ユリリン!?」  村人たちはトラヴィスの申し入れに難色を示していたが、「この通りだ、頼む!」頭を下げるトラヴィスに、村長はわかりましたと諦めたように肩をすくめた。 「但し、掘り返したご遺体はすべて元通り埋葬してください。それが条件です。亡き家族を偲ぶ者たちが大勢いますので……」 「協力感謝する」  トラヴィスはパウロ・パウダーの腐敗しない遺体の謎を解き明かすべく、この地に眠るすべての遺体を掘り返すことを決めたのだ。  ラービナル教会の修道女、イザベラはそのことに大激怒していた。 「あんた、それでも血の通った人間か! 死者を冒涜し、辱しめる行為は重罪! そんな愚行神がお赦しになるわけない!」 「俺は死んだ人間よりも生者の命を優先したい。大図書館(パウデミア)司書(ブックマン)として真実を見極めることもたしかに重要だが、それ以上に、謎を解き明かすことで誰かが安心して眠れるのなら、それが誰かの命を救うきっかけになるのなら、俺は信念と誇りを持って謎に立ち向かう。たとえそれが神に反する行為だったとしてもな」  語気を強めたトラヴィスは、ふと思う。  今の台詞を半年前の自分が聞いたなら、何と言うのだろうかと。  ――止まった時計の針を眺め続けているうちに、俺はおかしくなってしまったのだろうか。  ロジックでは到底解明できそうにない自分自身の変化に戸惑いながらも、トラヴィスは決然と歩き出す。  向かった先はしばらく滞在することになるだろう、村で唯一の宿。  部屋に戻ったトラヴィスはユセルから藁半紙を受け取ると、ゆっくり机に腰掛けた。  とある人物に手紙を出すため、トラヴィスはペンを走らせる。  送り先は聖都パナム、大聖堂に在籍するDr.グレイス。  マッドサイエンティストと畏れられる変人である。  大聖堂には大図書館(パウデミア)司書(ブックマン)が負傷、または病気になった場合に備え、特別な医療チームが存在する。しかし、Dr.グレイスが請け負う患者の多くは生者ではなく、死者である。  ゆえに変人なのだ。  元々は他国で優秀な外科医だったが、ある時死者に魅せられた。けれど死者の肉体を切り刻む行為はどこの国でも大罪とされた。死人に無知打つ行為を認めるわけにはいかなかった。  そこで彼女は真実を解明する手段の一つとして、死者の解剖を唯一認める国、聖ロザリオ共和国へと渡ったのだ。  それがグレイス・スレイグという変人女医である。  根っからの変人である彼女は、この世で最も死者について詳しく知る人物。Dr.グレイス以上に死者について知る人物をトラヴィスは知らない。  医学とは元来、生者を救うために学ぶものであり、死者を研究するためではない。 『ぐふふ、そう思うだろ、トラヴィス君。だがね、死人に口なしとはよく言ったものだよ。彼らの最後の言葉を聞くことのできるものは、私以外にいない。私はこれらの医療行為を、解剖学と呼んでいる』  かつての女医の言葉が、トラヴィスの脳内で鮮明に再生されていた。  パウロ・パウダーの腐敗しない遺体の謎は彼女に任せることにするとして、問題はなぜ、彼らは死の間際パウロに首を締められたと証言したのか。その謎を解く手がかりは恰幅のいい青年、マエリー・マドンにあるとトラヴィスは考えていた。 「これを至急大聖堂のDr.グレイスに出してくれ」 「マッドサイエンティストに応援要請かいと、あたいは思ってみたりする」  手紙を受け取ったユセルは手早く穴を開け、紐を通して伝書鳩の首にぶら下げた。開け放たれた窓から吹き込んでくる一筋の風がカーテンを大きく揺らし、大空へと鳩が羽ばたいた。それを見送ったトラヴィスがグッと伸びをする。半年休んでいた影響か、関節が音を立てた。 「マッドサイエンティストって、解剖学とかいう医学を追求する女医さんですよね?」 「確かにあれは変人だが、彼女はこれまでにも多くの謎を解明してきた。あれがいなければ見極めきれなかった事件は山のようにある」  彼女の問に答えながら、トラヴィスは窓から村を俯瞰する。 「本気ですべてのお墓を暴くつもりですか?」 「そこに真実が埋まっているのなら、当然掘り返すだろうな」  トラヴィスがエリーへと向き直った。その目は真剣そのものだった。 「真実を知るためなら俺は何だってする。例え道理に反した行いだったとしてもな」 「それが司書というものなのでしょうか?」  肩を落とすエリーは理想と現実の違いに落胆してしまったのだろうか。新人の司書にはよくあることなのだが、これを乗り越えなければ真実を見極めることなど到底不可能。  うつむいた彼女の顔は前髪に隠れて見えなかった。 「さぁな?」  しかし次の瞬間、彼女ががっと勢いよく顔を上げた。 「私、興味津々です!」  落胆などとんでもない。  その顔はやる気に満ちており、真実を見極めようとする法眼がギラギラと光輝いていた。  エトワールに憧れて司書を志した、貪欲なまでに真実を追い求め続けていた自分自身と重なってしまう。トラヴィスはいい面構えだと薄く微笑んだ。 「二人はこれまでに亡くなった十八人をもう一度徹底的に洗い直せ」  そしてトラヴィスはDr.グレイスが到着するまでの間、やるべきことを二人に伝える。 「洗い直せって……今さら死んだ人間の何を調べるのさと、あたいは思ってみたりする」 「彼らが亡くなる一週間前までの様子を詳細に調べてくれ」 「そこに真実が隠されているんですね!」 「それを見極めるのがお前の役目だ」 「はい!」  好奇心の塊のような少女が部屋を飛び出した。その後ろを面倒くさそうに歩くユセル。 「そろそろこちらも動くか……」
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