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エピローグ
「でも、なぜマエリーさんは今になってパウロ・パウダーさんの殺害を認めたのでしょうか?」
聖ロザリオ共和国――聖都パナムへ帰還する列車の中、エリーは窓越しに移り変わる景色を眺めながら、独り言のように呟いた。
「懺悔だな」
「懺悔……?」
「例えどんな理由があったにせよ、人を殺めることは決して許されない。彼の中の罪悪感が自白という懺悔に繋がったんだろう」
「マエリーさんは今後どうなってしまうのでしょうか?」
「さぁな?」
――無責任な言い方かもしれないが、俺たち司書は人殺しの行く末をいちいち気にしない。気にはしないのだが、彼女は晴れ渡る空をぼんやりと見上げながら、司書らしからぬ言葉を口にする。
「もっと早く真実を解明していれば、オーズさんは悲しまずに済んだんですよね。もしかしたらバンパイアに殺された、その方が彼女にとっては救いだったのかもしれません」
「……」
噂は時に人を不幸にする。
真実は時に人を救うものだと教えられてきた司書だが、彼女の答えは違うのかもしれない。
「時に真実を知ることで、人が不幸になることもあるんですね」
「………」
トラヴィスはなにも答えなかった。
彼女が導き出した答えは、彼の中にある根本的な部分を覆してしまう、それほど深い問いであった。
「時には真実を隠してしまうことも必要なのかも、なんて司書として失格ですよね」
「……」
儚げに微笑んだ彼女に、やはりトラヴィスはなにも答えなかった。
真実を公にすることで救われた命は数えきれない。それは間違いない。
しかし、トラヴィスは黙々とゼリービーンズを口に運ぶユセルを見やり、追憶にふける。
かつてユセル・バイア・スカーレットが父と暮らした国はもうない。
トラヴィス・トラバンが彼女の故郷を滅ぼしてしまったからだ。
植民地と化した国で暮らすことが困難となってしまった人々は、革命などという大それたことを仕出かした彼女の父を――大罪人と呼んだ。
ユセルは真実を公にした法王に感謝していたけれど、救われた者以上に、不幸になった者は多いのかもしれない。
一見正義だと思われた行いも、誰かによっては余計なお世話――悪に見えてくるのかもしれない。
真実がすべてではない。
そう、エリー・リバソンに言われている気がして、トラヴィスは少し複雑な気持ちになる。
それでも真実を追求することこそが、大図書館の司書なのだと、トラヴィスは自分自身に言い聞かせるように窓の外に目を向ける。
嘘みたいに晴れ渡った空に、ひつじ雲が静かに揺れていた。
それをじっと見つめる少年と少女の横顔は、似ているようでどこか違う。
とても儚げなものだった。
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