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花がら摘み③
「冬馬、彼女できたんだってね」
「知ってたの?」
放課後、冬馬は彼女と帰路についてしまったため、美咲は彼の自宅を訪ねた。
「うん」
「知ってるなら、話が早いや。そういう訳だから、これからは教室に来たり、冗談でも好きとか言わないでほしい。彼女を不安にさせるから」
わかったと返事をしつつ、美咲は納得がいかなかった。彼女の告白に、冬馬は真剣に向き合って返事をしていた。軽く聞き流される美咲とは、明らかに対応が違った。
「冬馬は、彼女のこと好きなの?」
彼の花壇に咲いていた花は、美咲ではなくその彼女だったのだろうか。
美咲の問いに、冬馬は考え込む素振りを見せ「好きかって聞かれるとわかんない。でも、これから好きになろうと思う」と答えた。
(何それ。冬馬のこと、私はずっと好きなのに。冬馬が好きじゃない子に負けたの?)
じゃあ何で付き合ったの、と美咲は思わず質問していた。冬馬が一瞬怪訝そうな顔をする。
「一生懸命、告白してくれたから…かな」
「わ、私だって、好きって伝えてたよ。伝えてたのに、」
ショックのあまり、つい不満をこぼす。これではまるで負け惜しみみたいだ、と美咲は自分の言葉の情けなさに呆れる。
「え?いつ?」冬馬がきょとんとして。
「いっぱい、言ったでしょ…?」
「あー…あれ?てっきり冗談だと思ってた。俺、からかわれてるんだって」
毎日水をあげているつもりだった。あげすぎだったのだと気付き、「そんなつもりなかったんだけどな」と言い残し、自宅へ戻る。
その背中に、「これ、返す」と今朝渡したチョコを冬馬が突き返した。引っ手繰るようにして受け取り、美咲は自宅に逃げ帰ると、「冬馬のばか」と繰り返し呟きながら作ったチョコを頬張った。
チョコは甘くて、ちょっぴりしょっぱい味がした。
***
美咲は、自分の心の中にある花壇の前にしゃがんだ。
花壇には、一輪の赤いチューリップが咲いている。それ以外には何も咲いていない。
この間までは綺麗に咲いていたが、今日になって急にしおれ始めている。いつもならじょうろで水をやるところだが、美咲はスコップを取り出し、チューリップを根っこから掘り返した。
「ここには次の花が咲く予定だから。アンタにあげる水はもうないの」
***
1年後、美咲はバレンタインに13個目のチョコを作ることはなく、ひとり暮らしでなければ通えない遠方の大学の入試試験を受け、見事に合格した。
「引越しちゃうの?寂しくなるな…」
引っ越しの作業をする美咲に、玄関先に出てきた冬馬が話しかけて来る。
あれほど好きだった冬馬を見ても、愛おしいという感情は湧いてこなかった。
「そっか。私は全然」
美咲は手をひらりと振って、引っ越しの作業に戻る。
彼女の花壇には花は咲いていないが、ポピーのピンク色の蕾が芽生えているのだった。
END
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