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花がら摘み①
恋というのは、例えるなら花壇に咲く花みたいなものだ。
美咲にそう教えてくれたのは、ガーデニングが趣味の母だった。
花壇に咲いた花に、毎日水をやって育てることで、いつか花は花に育つのだと、彼女は言った。
(水はあげすぎても、あげなすぎてもダメ…だっけ)
水というのは、恋の駆け引きのようなもので、積極的すぎても消極的すぎても、花が枯れてしまう。だから、ほどほどに水をやることで、花を大きく育てることが大切なのだ。
***
水嶋美咲、17歳。高校2年生になる美咲には、ずっと育てている恋がある。
「おっはよ!」
美咲が元気よく話しかけた相手は、隣の家に住む幼馴染で同級生の河辺冬馬だ。美咲が育てている恋の相手は彼である。
彼への恋が芽生えたのは、美咲がまだ5歳の頃だった。
――はいっ、これあげる!
幼稚園の遠足で、冬馬がくれた四つ葉のクローバー。それが恋の始まりだった。
それから事あるごとに彼とは将来の約束をしていた。しかしそれは、幼い子供のおままごとだ。
だが美咲にとっては、冬馬は初恋の人であり、10年以上経った今でも想いを寄せる相手である。幼い頃の約束が、約束で片付いてしまうのは悲しかった。
「…朝から元気だな美咲は」
(前髪がカブトムシの角みたいになってる…!かわいい!っていうかさり気ない名前の呼び捨て!好き!)
小学校に上がっても、思春期が始まっても、美咲は恋の花が枯れてしまわないように、話しかけ続けて、恋を着々と成長させているのだった。
***
「冬馬ーっ」
美咲と冬馬は、小中高と同じ学校に通っている。中学校までは学区が同じというだけだったが、高校は冬馬の志望校を本人から聞いて、一緒に受験したのだった。
冬馬の志望校は、美咲の学力よりレベルの高い場所だったが、気合と根性で学力の壁を乗り越え、同じ学校に通うことに成功したのである。
理数コースを選択した冬馬と、文系コースを選択した美咲ではクラスは違うものの、恋が枯れないように昼休みになると、こうして冬馬のクラスに遊びに来ている。
「冬馬、嫁さん来たぞ」
「これが本当の通い婚だな」
冬馬の友人が、彼を茶化すやり取りが聞こえた。そのやり取りに、周りから見てもお似合いなんだと美咲は内心浮かれる。
「どしたん」
「顔見に来ちゃった。冬馬、寝ぐせ直ったんだね」
美咲は、自分の前髪を指さして聞く。冬馬は目線を上に向け、まだ少し毛先が撥ねた前髪を撫でた。
「寝ぐせついてた?」
「うん、カブトムシの角みたいの。寝ぐせついててもかわいかったけど、やっぱいつもの冬馬が好きだなぁ」
冬馬は一瞬動揺する素振りを見せ、それから「んんっ」と咳払いをする。そして、「うるせー」と頬を赤らめながら言った。
(照れてる冬馬もかわいいーっ。ほんっと好き)
美咲はそんな冬馬を見てくすくす笑い、「照れてるの?」と尋ねる。冬馬が「照れてない!」と少し大きな声を出し、クラス中の視線が2人に注がれた。
「とっ、とにかく、用はそれだけ!?」
「うん、まぁ」
「じゃあ俺戻るから!美咲も、教室戻りなよ」
照れてるの、は水のあげすぎだっただろうか。美咲は掛ける言葉を間違えたなと思いながら、冬馬に手を振って自身の教室へ戻るのだった。
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