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「はっ!?」  意識が戻ると飛び起きるように上半身を起こした少年は、急いで自分の首元に手を伸ばす。 「消え……てる……」  掻きむしってできた傷痕も、声帯が潰されたのではないかと思うほどの痛みも、何もかも夢・幻のごとく消えていた。  狐につままれた気分で呆然と掌を見つめる少年の隣で「危なかったわね」静かに上体を起こした少女の声音が外気の温度をわずかに上げた。  少女はまるで何事もなかったかのように立ち上がると、庭先に出てグッと伸びをする。  その言動に少年は信じられないと絶句していた。目の前で友人が殺されかけたというのに、彼女は『危なかったわね』の一言で済ませたのだ。自分だって殺されるかもしれないほど危険な状況だったにも関わらず、だ。 「どうかしてるよ……」  月を背に振り返った可憐な少女が、怪訝な顔色の少年を見据える。 「天道くんを危険な目に遇わせてしまったことは素直に謝るわ。……でも、天道くんだって危険だってことはわかっていたわよね?」 「ああ、裏道さんは殺されなければ問題ないって言ったよ。けど、肉体的な苦痛からは解放さへても、心に負った傷が癒えるわけじゃないんだ!」 「あら、意外と臆病なのね……怖くなったかしら?」 「怖くなったかって! ああ、そりゃ怖いさ! 生まれてはじめて誰かに殺されかけたんだ! 怖くない人間なんているわけないだろっ!」  少年は立ち上がり、少女と向かい合う形で夜に吠えた。少女はただ黙って聞いていた。  どれだけ眼前の少女に怒りをぶつけても、少年の恐怖は消えなかった。痛みなんてものはまったく残っていないのに、握りしめた拳が震えて止まらないのだ。 「……ごめんなさい」  両手で震える少年の拳を優しく包み込む少女が、しおらしく頭を下げる。 「ずるいよ……」  伏せ目がちに吐き出した言葉とともに、少年の全身からはスッと力が抜け落ちた。いつの間にか手の震えも収まっていた。 「ええ、そうね。天道くんのいう通り、私はとてもズルい女よ。それでも、私は天道くんにすがるしかないの」  少年の手を握りしめる少女の手は、微かに震えていた。 「まだ……亡くなったお父さんを探す気なの……?」 「……ええ。そうしなければ、私は前に進めないもの」 「殺されかけたんだよ? 次は僕じゃなくて裏道さんかもしれない! それでも――」 「――それでも私は父に会わなければいけないのよ」 「そこまでして会いたい理由は何なの……?」 「……これは私個人の問題なの。天道くんが知る必要のないことよ」 「僕は裏道さんに付き合って二度も殺されかけたんだよ? それなのに僕には知る必要がないっていうの? 個人的な理由だから聞くなって……? どうかしてるよ」  うつむいたまま黙り込んでしまった少女は「ごめんなさい」消えそうな声でつぶやいた。 「今日はもう、寝るわ」  踵を返して家の中に入っていく少女の背中に「あの男、腕時計をしてたよ」少年は投げつけた。少女は一瞬足を止めたが、「……そう」力無げに返事をして、またすぐに歩きはじめた。 「裏道さん言ったよね? あの世界には時間の概念が存在しないって。ならどうして彼は腕時計をしていたのさ。どうしてあいつは時間を気にしていたんだよ! 裏道さんは僕に嘘をついたのか? 本当は僕に何か隠していることがあるんじゃないのか」 「……天道くん、おやすみなさい」  少女は何も答えなかった。  しかれども、これで少年は確証を得てしまう。裏道ミチルは何かを隠していると……。
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