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「ねぇ~、かなくん。これってノブくんの言ってた話とぜ~んぜん違うよねぇ? あたしたちでミチルちゃんを止めるんじゃなかったの?」  千春の言っていることは最もだ。  しかし、昇は自分を信じろと言った。ならば今は信じて待つしかない。 「ノブにはノブの考えがあるんだと思う。教団のことを一番理解してるのはノブだから。だから僕たちは信じて待つしかないよ」 「そうだねぇ。ノブくんがあたしたちのこと騙すはずないもんねっ」  祈るような気持ちで石段に座って待ち続けること三十分。ようやく昇が廃墟から出てきた。  二人の元に駆け寄った昇は、渋い顔で早急に伝えなければならないことがあると言った。 「いいか二人とも、よく聞けよ。教団はこれから裏道ミチルの確保に向かって動き出す。狙いは裏道ミチルが入手したと思われる機密書類だ。けどよ、俺っちには裏道が大人しく機密書類を渡すとは思えねぇ。そうなった場合、教団は力ずくで裏道から奪い取ろうとするはずだ。俺っちたちに与えられた時間はけっして長くねぇ。教団が裏道を見つけ出す前に先に見つけ出し、書類をソフィア姐さんに渡すんだ。そうすりゃー、あとは姐さんがなんとかしてくれる」 「つまり、出し抜くってことか?」 「おうよ! 万が一クラスメイトになんかありゃ、俺っちだって寝覚めが悪りぃ。だから奏多、お前が裏道を説得するんだ。いいな?」 「恩に着るよ、ノブ」  千春は照れくさそうに鼻下をさする昇の背中をバシッ! と叩いた。 「さすがノブくん! 持つべきものは幼馴染みだねぇ~」 「痛てぇよ! つーか――」  表情を引き締めた昇が真剣な顔で千春に向き直る。 「ソフィア姐さんたちよりも先に裏道を見つけ出せるかどうかは、正直全部お前にかかってんだぜ、千春! お前が裏道を見つけ出せなきゃすべて終わりだ。マジで頼むぜぇ!」 「任せてよぉ~」  と千春はたわわに実った胸を叩いて余裕のアピール。 「で、教団を出し抜く作戦はあるのか?」  奏多が尋ねる。 「俺っちは二人を自宅に送り届け、そのままこの件に二人が関わらないように見張っておくよう指示を受けてんだ。そいつを逆手にとって、今から東京にジャンプするぜ!」 「そのままミチルちゃんの捜索を開始するんだねぇ~!」 「その通りだぜぇ!」  にししと親指を突き立てた親友の姿は、黒板消しを扉に挟んでいた頃と何も変わっていなかったんだと、奏多は小さく微笑んだ。 「うわぁ~! 絶景だねぇ〜。東京に来るのなんて修学旅行以来だよねぇ~」 「千春、遊びに来たんじゃねぇぞ」  ジャンパーの能力で東京に瞬間移動した彼らは、東京を一望に収める高層ビルの上にいた。強風に煽られるたび、マリリン・モンローのようにスカートを手で抑える千春。その足下には『H』マーク。 「ヘリポートって、一体どこなんだよここは?」 「六本木ヒルズ、森タワーの屋上さ」 「六本木って、どうしてそんな場所に飛んだんだよ?」 「理由は三つあるぜ。千春の能力で裏道の匂いを辿るなら、より匂いを嗅ぎやすい場所がいいと思ったのと、俺っちの能力は強くイメージした場所にしかジャンプできねぇんだ。これは言い換えれば、想像できない場所にはジャンプできないってことだ。印象的な場所だったり、何度も行ったことのある場所ならジャンプすることも可能だが、そうじゃなけりゃ視界に映ってる範囲が関の山ってわけだ」  テレポーテーションは奏多が考えているほど万能な能力ではないのだ。 「三つ目は?」 「トリック製薬の本社はここから南西200度の方角、品川区にあるんだ。っんでもってソフィア姐さんの話だと、裏道京太郎の自宅はここから西にある世田谷区。裏道が叔父である裏道京太郎を探しているとすれば、このどちらかに向かっている可能性が高い。だけど、万が一別の場所にいたとしても、ここなら臨機応変に行き先を変えることができるってわけさ」 「そこまで考えての六本木か。工作員ってのは本当だったんだな。畏れ入ったよ」 「もっと素直に褒めてくれてもいいんだぜ、奏多」  じゃれ合うようにチョークスリーパーをかけてくる昇に、「ギブ、ギブッ!」奏多はいつものように参ったとタップ。笑い合う二人をみつめる千春がつまらなさそうに頬を膨らます。 「これからは男だけの友情禁止にしま~す!」  自分も混ぜろと飛びかかってくる千春を二人が必死に食い止める。無理矢理にでも気持ちを上げていかないと、みんな不安で押しつぶされそうだった。  こうして何気ない日常をずっと過ごしていたかったけれど、そろそろ非現実的な世界に戻らなければと、彼らは覚悟を決めたように顔を見合わせた。 「ちーちゃん、頼めるかな?」 「うん、もう探してるよ」  千春は瞼を閉じて両手を広げ、ゆっくり鼻から息を吸い込んだ。  ワンダフルノーズ――千春が能力を発動させた。嗅覚を研ぎ澄ませ、慎重に友人の匂いを見つけだす。  一迅の風が吹き抜けたかと思うと、千春が獲物を捉えた猛禽類のように眼を見開く。 「見つけた!」 「場所は!?」 「どこだ!?」  二人が尋ねると、千春は前方にそびえ立つ焦げ茶色の建物を静かに指さした。 「あそこだよ」 「え……」 「マジ、かよ」  そこは四三階建ての高層マンション。六本木ヒルズレジデンスC棟。  日本で最も有名な高級マンションである。  予想外の答えにしばし、二人はマンションを見据えたまま固まっていた。
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