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「見つからないとはどういうことだァッ!」  トリック製薬品川研究所。  厳重に警備された建物内、その地下には立ち入りが制限された区画がある。通路の壁には関係者以外立ち入り禁止の文字。特殊なエレベーターを使用しなければやって来ることが不可能な通路。その一番奥の研究室からは、裏道京太郎の怒鳴り声が鳴りはためく。 「裏道ミチルの住まいを見つけたのですが、その……マンションは数日前に引き払われたあとでして……」 「こののろまがァッ! 貴様のいい訳など聞きたくもない! もしもミチルがアビル内で兄に接触していたら、我々は終わりなんだぞ! 貴様はわかっているのか!」  額の汗を拭いながら、間宮は何度も小刻みに頭を下げている。 「北条! 貴様も少しはミチルの捜索に協力したらどうなんだ!」  姪を見つけられない焦りから、男は研究所所長北条旋律にも罵声を浴びせる。 「ククッ、小便臭い娘のことに興味はない。私が興味を示すものはアビルをおいて他にないのだよ。娘の捜索はそちらで勝手にしたまえ」  怒り心頭の京太郎に向き合うことなく、北条はあっけらかんと言い放つ。  科学者である男にとって周囲のいざこざなどどうでも良かった。北条にとって大切なことは、自らの脳細胞を刺激する研究(好奇心)がすべてなのだ。  先日間宮が持ち帰ったアビル内のデータ解析に夢中であった。誰がどうなろうが知ったこっちゃないという恣意的な態度に、京太郎の怒りは増すばかりだった。  はね退けるように北条から顔をそらした男は、焦る気持ちを落ち着かせようと内ポケットから煙草を取り出し火を付ける――が、オイルライターの石がすり減っており火が付かない。 「くそっ!」  オイルライターを床に叩きつければ、静まり返った研究室に甲高い着信音が鳴り響く。 「こんなときに誰だッ!」  ポケットに押し込んでいた携帯を取り出した瞬間、京太郎の目が二倍ほどにも見開いた。  着信者は他ならぬ尋ね人――裏道ミチル本人からだった。 「ははっ……見つかった、この馬鹿、自分からかけてきたぞ!」 「ククッ、なら早く出たまえ」  憎たらしそうに北条を一瞥した京太郎は、一つ深呼吸をしてから電話に出た。 「ミチルかい? 今どこにいるんだ。ずっと心配していたんだよ?」  湿った絹のような声で姪を心配する叔父を演じる男は、さしずめ狸親父といったところだ。 『心配をかけてしまってごめんなさい。ちょっと色々とあったのよ。それで、今から会えないかしら?』 「もちろんだとも! 愛しの姪のためなら叔父さんはどこにだってスーパーマンのように駆けつけるよ。それと、遅くなってしまったけど入学祝いもしなくちゃな。遠慮なんてしなくてもいい。家族なんだから好きな物を言いなさい。……で、ミチルは今どこにいるんだ?」  京太郎は間宮にジェスチャーで書くものを寄越せと指示を出す。すかさず懐から手帳を取り出した彼から乱暴に奪い取ると、素早く筆を走らせた。 「六本木の自宅だね、すぐに行く。ああ、もちろん、寄り道なんてするものか。叔父さんはミチルに会いたくて会いたくて仕方がなかったんだ。……当然だろ、家族なんだから」  電話を終えると、京太郎は楽しそうに笑った。まるで最高に馬鹿馬鹿しいコメディ映画を観たときのように腹を抱えて大笑い。異常な様子で笑い狂う男に、間宮は恐怖を覚えていた。 「すぐに車を回せ、間宮!」 「……」 「何をしてる……? 聞こえなかったのかこののろまッ! 私は車を出せと言ったんだ!」 「……ま、また殺すんですか!?」 「……なんだそんなことか、くだらん。お前は黙って私のいう通りに動いていればいい」 「し、しかし……」 「はぁ……。父親は殺せて娘は殺せないってか? なんだよ、それ……? あぁん? 貴様いつからフェミニスト(くだらん馬鹿)になった? 今更善人ぶってんじゃねぇぞッ!」 「……」 「わかったらさっさと車を出せ」 「了解……しました」  肩を落として研究室をあとにする間宮とは異なり、煩わしさから開放された京太郎の溜飲は下がっていた。  その様子に「娘も殺すのか?」ねっとりとした声で北条も問いかけた。 「獅子身中の虫を駆除しなければ、この組織が潰れるのも時間の問題だ」  肯定だとうなずく京太郎に、北条はガリッと奥歯を噛んだ。 「娘はシェルパの居場所を知るかもしれない唯一の人物だぞ!」 「黙れぇ北条ッ! たとえ娘が死んでも案内人は死なん。いずれ見つけ出せば問題ないだろ。だから何も心配するな。お前は死ぬまで、好きなだけ研究室に籠もっていればいい」  背を向けて研究室をあとにする京太郎に、北条はガリガリと爪を噛んでいた。
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