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「好きなものを頼むといいわ。ここは私の奢りよ」  同級生に連れられて駅前のファミリーレストランへやって来た奏多は、メニュー表に眉をしかめ、こっそり財布の中身を確認する。  そのことに気がついた同級生は、ここは自分がご馳走するからと言った。 「いや、それはさすがに……」 「天道くんは気にしなくていいのよ。それに、生活費二万四千円だけで今月持つのかしら? 素直になりなさい」 「うん……ん? ……ってなんでそのことを裏道さんが知ってんだよ! あっ!? 仏壇にしまっておいた通帳見ただろ!」  テーブルから身を乗り出す勢いで詰め寄る奏多に対し、同級生は知らん顔で窓の外に顔を向けていた。 「勘違いがないように言っておくけれど。けっして見たくて見たんじゃないわよ。たまたま見えてしまったのよ」 「嘘つけ見えるわけないだろ!? どうやったら仏壇の引き出しにしまっておいた通帳の中身をたまたま見ることができるんだよ! つーかいま顔逸らしたろ!」 「天道くん、細かいことを気にする男の子はモテないわよ。もっとどっしり構えておくことをおすすめするわ。ちなみに私はこのエビフライセットを頼もうと思うのだけど、天道くんはどれかしら?」 「くっ……」 「天道くん、決断力がなければ出世しないわよ」  早く決めろとメニュー表を突きつけてくるミチルに、奏多はむっとくちびるを尖らせた。 「和牛ステーキセットデラックス、2980円!」 「値段は聞いていないわ。それと、天道くんは見た目と違って意外と肉食なのね。で、焼き方は?」 「レア!」 「あら、これまた意外だったわ。天道くんはてっきりウェルダンをご所望とばかりに思っていたもの」 「なんでそう思ったんだよ」 「だって天道くん、自分の能力についてもなにも知らない臆病者……あっ、間違えたわ。慎重さんだもの。てっきり慎重に慎重を重ねてよく焼くものとばかり思うわよね、普通」  棘のある言い方で同級生を蔑めれば、彼が自分から能力について尋ねてくると考えたのだろう。しかし、彼とて馬鹿ではない。尋ねてしまえばお得意の電波話がはじまることは想像に容易い。  ――誰がそんな手に引っかかるか。  彼女の電波話を回避すべく、奏多は穏やかに微笑み呼び鈴を押した。 「エビフライセットと和牛ステーキセットデラックス。焼き方はレアでお願いします。あとドリンクバー二つ」 「ドリンクバーのグラスはあちらにございますので、ご自由にお使いください」  注文を終えた奏多はどんなものだと彼女に視線を向ける。すると案の定、彼女はキョトンとした面持ちで彼を見ていた。 「ひとつ聞いてもいいかしら?」  ――ほら来た。どうして言い返さないのかと疑問に思ったんだろうな。  奏多は別に構わないよと余裕の笑みを浮かべて鷹揚とうなずいた。 「ドリンクバーってなにかしら?」 「……は?」  全くもって検討違いの回答に、奏多からは間の抜けた声が漏れてしまう。 「……ファミレス、来たことないの?」 「ええ、はじめてよ」 「ふぁっ!?」  一体どんな風に育てられたら一度もファミレスに来ない人生を送れるというのだろうかと、奏多は益々眼前の同級生がわからなくなっていた。  ――まさか恐ろしく貧乏なのかな?  考えた奏多だが、すぐに自分の方が貧乏だということに気づいてしまう。万が一裏道家が貧しいのであれば、彼に夕食をご馳走するなど絶対にあり得ない。ソースは現在の彼自身。  ――実はお金持ちのお嬢様だったりして。  そう思いながら改めて彼女を見てみると、内側から溢れ出す気品のようなものが……。それにクラスの女子より姿勢がいい気が……する。と奏多は思った。 「とりあえず飲み物取りに行こうか? ドリンクバーについてはそこで教えるよ」 「自分で飲み物を注ぎに行くなんて、面白いわね」  ドリンクバーのシステムに感動する女子高生はきっと彼女くらいだろうと思う奏多だった。  彼はてっきり、またアビルに連れて行けと意味不明なことを言われるとばかり思っていたのだが、彼女は黙々とエビフライを小さく切って口に運んでいた。 「ところで天道くんは、どうして私が天道くんのことを能力者だと知っていたのか、気になったりしないのかしら?」  奏多が食後のアイスコーヒーを味わっていると、唐突に彼女がそんなことを口にした。  フレッシュをストローでかき混ぜながら、何気なく話を振ってくる彼女。その手の話題に警戒していた奏多だったが、気にならないといえば嘘になってしまう。 「まぁ、気になるかな?」なので素直に答えてみる。 「私の能力は少し変わった能力なのよ」 「聞いても?」  おそるおそると言った様子で奏多が尋ねると、「ええ」彼女は薄くちびるでストローをくわえ、ミルクティーを一口飲んでから自身の能力について語りだした。 「私が有する能力は【可能性】――といってもこれは私が勝手にそう呼んでいるだけなのだけど。この能力は私の未来――幾つもの【可能性】の中からたった一つの未来を示唆するというものよ。もっと分かりやすく、丁寧に説明するとなれば、そうね」  ミチルはストローの穴を指で塞ぎ、アイスミルクティーを机の上に数滴たらした。それを指で伸ばして線を引く、その下に同じようにもうひとつ線を描いた。そのうちひとつを指差して言う。 「これを仮にa世界線とすれば、もう一方のこれはb世界線となるわ。未来は数多の可能性とともに枝分かれしていて、たとえばそうね、あそこにウエイトレスがいるわよね?」  今度はテーブルを片すウエイトレスを指差した。 「彼女がどうかしたのか?」 「あのウエイトレスはいまから三秒後に転び、斜め前の席に腰を下ろすサラリーマンの頭に食べ残しのミートパスタが乗っかるわ。それに怒ったサラリーマンが勢いよく立ち上がり頭を振ったことで、周囲のお客さんのテーブルにパスタが飛び散り、フロアでは瞬く間に大乱闘が勃発するのよ」  まさか――と思いながら心の中で三つ数える。その間鼓動が早くなるのは、もしかしたら、そんな予感が奏多の中にあったからかもしれない。  しかし、三秒が経過してもなにも起こらなかった。 「なにも起こらないじゃないか」  彼女の予想は大きく外れ、ウエイトレスは転ぶことなくキッチンに戻っていく。 「ええ、そうね。だけど、そういう未来(可能性)もあったということよ」 「つまり、現在をa世界線としたなら、a世界線では彼女は転ばなかったけど、別の未来(可能性)、b世界線では彼女は転んだということか?」 「あら、ずいぶん呑み込みが早いのね。私の能力【可能性】とは、あらゆる可能性の中からあるひとつの【未来】を私に示すというもの。ここまでは理解できたかしら?」  SFチックでややこしい能力だが、なんとなくは理解した。  しかし、それと自分が何の関係があるというのだろうと奏多は眉根を寄せる。 「私が天道くんを知ったのはちょうどいまから一年ほど前、まだ私が東京に住んでいたころのことだったわ」 「ん……一年前!? ちょっと待ってよ、一年前に東京に住んでいた裏道さんがどうして僕のことを知っているのさ。僕自身気づいていないだけで、実は僕が芸能人だったとかいうわけじゃないよね?」 「安心して、天道くんはアイドルになれるほど美形ではないもの。かといって個性派俳優を目指すには醤油顔だと思うわ」  安心しての意味がいまいち分からないと複雑な表情の少年。  ――個性派俳優になるにはソース顔じゃなきゃいけないなんて、そんなの聞いたこともない。というか醤油顔の個性派俳優に失礼だろ。 「ならどこで僕を知ったっていうんだよ」 「あら、だから私の能力をはじめに説明したのだけれど、分からなかったかしら? やはり天道くんは呑み込みが悪いようね」  ――なるほど。要は彼女は能力を通して僕と一緒にいる未来を視ていたということか。 「理解したよ。でも、だとしたらおかしいじゃないか」 「あら、いまの話のどこがおかしいのかしら? できれば簡要に説明してくれると有り難いのだけど」 「一年前に僕のことを知っていて、僕が裏道さんの望みを叶えることのできる能力者だったのなら、どうして一年前に訪ねて来なかったのさ。一年後に打ち明けるなんておかしいよ。それに、裏道さんは僕の能力を知っている口振りだったよね? だけど未来を少し視たくらいで、あの訳の分からない僕の能力を理解できるとは到底思えないよ」  奏多が最も不可解に感じたことは、彼女が自分の能力を知っていると口にしたことだった。はじめて能力に気が付いてから現在まで、奏多には自分の能力が理解できなかった。  しかし、彼女は自分の能力を知っていると言い切った。それが少年には信じられなかった。  彼女はグラスの中の氷をストローでつつきながら、「なるほど」薄く笑った。 「では天道くんの疑問を解消してあげるわ。まず私が一年前に天道くんに会いたくても会いに行けなかった理由、それは天道くんがどこにいるのか分からなかったからよ」 「分からなかった……? ほら見ろ、もう辻褄が合ってないじゃないか」  ここぞとばかりに彼女を指差し、ボロが出たと囃し立てる奏多。  けれど、彼女がそれで取り乱すことはない。 「話を最後まで聞いてもらえるかしら?」  冷静な口調でたしなめられてしまう。 「私の能力は天道くんのようにいつでも発動できるような能力ではないの。ましてや、視たいときに視たい場面を視れるわけでもないわ。天道くんにも分かるよう説明すると、夢を見ている感覚に近いのよ。そのせいで私は天道くんと一緒にアビルの深層に潜っている【可能性】を視ても、こちらの世界、つまりアビルの外で会っている【可能性】が視えなかったのよ。でも、一度だけはっきりと視えたものがあるわ。それが私たちが通う高校の校舎よ」 「校舎……それでこっちに越してきたって?」 「ええ、探すのに苦労したわ」  珍しく疲れた声音を吐き出す彼女が嘘をついているとは思えなかった――が、だからといって信じられるかと問われれば、素直に信じるとは言えなかった。 「ならどうしてすぐに話しかけて来なかったんだよ? もう入学して二ヶ月だぞ?」 「話しかけるタイミングがなかったのよ。天道くんはいつも綾瀬さんや堤下くんと一緒にいるもの。仮に天道くんが私の立場だったなら、こんな話を彼らの前でできるのかしら?」 「いや、それは……まぁ。でも家に不法侵入するくらいならいつでもチャンスはあったんじゃないのか?」 「人聞きの悪いことを言わないでもらえるかしら? 不法侵入なんてしていないわよ。それに、今回は屋上で話ができたから、その、少しだけ舞い上がってしまっただけじゃない! 悪い!」  バンッ――机に掌を叩きつけたミチルが不自然なほど感情的に見えた。奏多にはそれが何かから気を逸らせようとしているかのように思えてならなかった。  不審な顔でこちらを見やる店員に軽く頭を下げ、奏多はなんでもないと愛想笑いを浮かべる。それからすぐに落ち着くようミチルに声をかけた。 「わかったよ。そこまでの話は理解したけど、でもどうして僕の能力を知ってるのさ。あれは視ただけで理解できるようなものじゃないと思うけど?」 「確かにそうね。それは同意するわ。でも、私は天道くんの能力で行けるあの場所に、一度だけ行ったことがあるのよ。亡くなった父に連れられてね」 「行ったことがある!? いや、ちょっと待ってよ! あれは一種の、例えるなら僕の妄想が生み出した世界のような場所だよ? そこに行ったことがあるって、そんなの絶対にあり得ないよ」 「あの世界は天道くんの妄想が生み出した世界でもなければ、ましてや異世界でもないわよ。あれはアビルの中よ!」 「……百歩譲ってあれが裏道さんのいう通りアビルの中だとして、じゃあ裏道さんはどうやってそこに行ったのさ? さっき亡くなったお父さんに連れられて行ったって言ったよね?」 「ええ、言ったわ」  伏せ目がちに視線を落とした彼女はとても儚げで、悲しみを帯びた声音で肯定した。  亡くなった父を思い出してしまったのだろうかと、奏多は少し申し訳なく思ってしまう。 「私の父はとある製薬会社を経営していたのだけど、それは表向き、本当は空を覆うアビルの光について調べていたのよ」  暮れなずむ空を窓越しに見上げた彼女が、深く長い溜息を吐き出した。 「父は偶然、アビルが宇宙の記憶。いいえ、宇宙そのものだと知ってしまったのよ」  ここでようやく、今朝方屋上で聞いた電波な話に繋がるというわけだ。 「父は研究チームを立ち上げ、極秘にあるプロジェクトを進めていたわ。それが【人類永久計画】」 「人類永久計画? ……なにそれ?」 「人は死を迎えると魂がアビルの中に還り、そこで朽ちることなく働き続けることになる。言い換えれば、永遠に生き続けるということでもあるわ。【人類永久計画】とは、すべての人類をそこに連れて行こうというもの。人類大移動計画のことよ。天道くんは肉体を失った魂を、人がどうして肉眼で捉えることができないのか、考えたことはあるかしら?」 「いや……ないけど」 「父はずっとそのことだけを考えていたわ。きっと私を生んですぐに亡くなった母に会いたかったのね。そして父はその謎を解明してしまったのよ」 「魂が見えない謎を?」  そうだと力無げにうなずく彼女に、奏多は冷やかしの言葉をかける気にはならなかった。彼女の話を聞き、どこかで自分と重ねてしまっていたのだ。 「魂が見えない理由、それは周波数が関係しているのだと父が言っていたわ」 「周波数って……ラジオとかの、あれ?」 「ええ、そうよ。肉体を持ったままだとどうしても周波数が合わないらしいの。魂を視覚で捉えるには、一度肉体を捨て去り、周波数を合わせなければいけないと父は考えたわ。そこである装置を作り上げた。それがアビルゲートよ!」  奏多は今朝彼女が屋上で言っていたやつだと思った。 「私は数年前に一度、アビルゲートを使用したことがあるの。そのとき、天道くんの能力で行くことが可能なアビルの深層に……」 「だから僕の能力を、【可能性】を通して視た時に知ったのか」 「ええ、そういうことよ」  ――一応辻褄は合うな。  しかし、いまの話を聞いて奏多にはどうしても引っかかる点があった。それは彼女の父が開発したというアビルゲート、それを使えば彼女はいつでもアビルに行けるのでは……? という単純な疑問だ。そうなるとわざわざ自分の能力を必要とする意味がわからなかった。 「天道くんを必要としたことには二つ理由があるわ。一つは、いまの私はアビルゲートを使えないということ」 「どうして?」 「言ったはずよ? 【人類永久計画】は極秘プロジェクトだって。当然父がいなくなってしまえば、それを私個人が使用するなんて不可能。アビルゲートは厳重な警備体制の下、けっして近づけない場所で管理されているわ」 「なるほど。なら二つ目の理由は?」 「これがもっとも重要で厄介だと言えるわね。屋上でも伝えたけれど、アビルの中は天文学的数字、幾つものサーバーによって分かれているの。たとえ会いたい人がアビルの中にいたとしても、それは宇宙を徒歩で端から端まで歩きながら、小さな宝石を探し出す作業と同じ。常識的に考えて、探し出すことは不可能。そこで必要となるのが、アビルの中を自在に移動し、目的の場所へ案内してくれる案内人――シェルパの存在よ」 「シェルパ? それが僕だと……?」  少年の目を真っ直ぐ見つめる少女が、その通りだと力強くうなずいた。 「私は確かに、天道くんの案内でアビルに入る【未来】を視たのよ!」 「……裏道さんの目的は、亡くなったお父さんに会うことなの?」 「……ええ、そうよ」 「どうして……?」 「……? 亡くなった父にもう一度会いたい、そう願うことはおかしなことなのかしら?」  涙ながらに感情を剥き出しにする彼女に、奏多は何も言い返せなかった。彼は先月亡くなった祖父に会いたいと思ったことがなかったのだ。  それは天寿を全うした祖父の死を冒涜するような行為に思えてならなかった。受け止めて前を向いて生きていくことこそが、正しい在り方だと彼は考えている。  もちろん考え方など千差万別、十人十色である。  奏多も死を受け入れられない人の気持ちが理解できないわけではない。両親が事故で亡くなった際には、彼も長い間両親の死を受け入れられなかった。  彼女はまだ父の死を受け入れられていないだけなのだと、奏多の胸に切なさが募る。 「天道くん……」  弱々しい声音が乾いた空気を揺らす。 「屋上で言ったことは本当よ。私を父の元まで案内してくれるのなら、天道くんに私のすべてを差し出すつもりよ」  胸に手を当て必死に訴えてくる彼女の目を、奏多は見つめ返すことができずにいた。  例え父親に会えたところで亡くなった人が生き返ることはない。再び訪れる別れに苦しむことになるだけなのではないかと考えてしまう。とても彼女の幸せになるとは思えなかった。  一歩道を踏み誤れば、彼女の心を深い闇の底に突き落としてしまうかもしれないのだ。  無責任に引き受けるとは言えなかった。
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