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「征大、ブロッコリーあげる」
「いい。自分で食べなよ」
「え? 俺のブロッコリー全部食べたい? しょうがないなあ」
「……」
そんなこと、一言も言っていない。
「……俺がブロッコリー嫌いなのわかってるんだろ」
嫌がらせか。
「うん。ブロッコリー食べるときの顔がすっごく嫌そうだからわかった」
それでも残さず食べてえらいね、と頭を撫でられ、くすぐったい気持ちになる。
海里は優しい。誰にでも優しいのかな、そう考えて気がつく。俺は海里のことをなにも知らない。名前以外になにを知ってる? 五つ先の駅に住んでいること。他は……作ってくれる食事がおいしい。それだけ? 連絡先も知らない。海里が来てくれなければ簡単に切れる関係になぜか焦る。
「海里、連絡先交換しよう」
少し緊張しながらスマホを出す。断られたらどうしよう、と不安が胸を騒がせる。
「そういえばしてなかったね」
連絡先を交換し、海里との繋がりができたことを安堵する。その安堵の意味がわからず小さく首を傾げる。
「どうしたの?」
「なんでもない……」
答えた後に、本当になんでもないんだろうか……そう考えた。
土日も海里はいつもの時間に来る。俺はそれを待っている。食事をして、終電に間に合うように帰っていく……徐々にそれが寂しくなっていき、ある土曜日にもう一度「泊まっていけば?」と聞いてみた。
「俺はいいけど……征大は……」
優しいキスが頬に触れる。頬へのキスにすっかり慣れてしまった。なんとなく俺からもキスを返すと、海里は目を見開いてから頬に触れてくる。
「どうしてそういうことするの?」
「そういうこと?」
「俺を煽るようなこと」
目を覗き込まれ、俺の心を読もうとするかのようにじっと見つめられる。その視線の熱さにどきりとして、時が止まったように見つめ合う。
「キスしていい?」
ゆっくり頷くと唇が触れ合った。なんで頷いたのか……自分でもわからないけれど、ただそうしたかった。柔らかな温もりが、まるであたりまえのように触れて離れて、また触れる。
「……やっぱり泊まっていい?」
もう一度頷く。
そのまま、それが自然なことのように身体を重ねた。
目を覚ますと海里がいない。時計を見ると午前二時をすぎたところ。寝たのは終電の後だから帰れないはず、と身体を起こすとベランダに海里の背中を見つける。
「海里?」
窓を開けて声をかけるとゆっくり振り向き、微笑みかけられた。
「星、全然見えないよね」
濃紺の夜空にはぽつぽつと星が見える。意識して見たことはないけれど、思ったより見えているというのが俺の感想。でも海里には「全然見えない」んだ。
「……」
俺から夜空へとまた視線を移す海里が、その濃紺に吸い込まれてしまいそうで思わず抱きしめる。手応えがあるのに、触れているのに、すうっと消えてしまいそうに思える。
「どうしたの?」
「……なんでもないけど」
「そんな感じしないよ」
顔を見上げると苦い笑みが浮かんでいる。困らせているだろうか。苦笑する海里が綺麗で、じっと見つめる。
全然見えないのは海里だ。わかるようでわからない。触れても触れていないように思えてしまう。
「まだこんな時間だからもう一回寝よう」
「うん……」
ベッドに移動して、優しい温もりに包まれながら目を閉じる。どうしてだろう、心の中がざわざわする。
朝起きると海里はいなかった。帰るなら起こしてくれればよかったのに……スマホを見るとメッセージが一件。
『ごめんね』
海里から、その一言だけ。
どういう意味かと返信しても既読にならない。忙しいんだろうか。でも待っても待っても既読にならない。日曜日だから仕事じゃないはず。窓の外を見ると、鈍色が重たく空を覆っている。深夜に感じた心の中のざわざわが思い起こされた。
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