夜明けの使者

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夜明けの使者

伽羅が玄関のドアを開けると、そこは華やかな有り様になっていた。 それは早朝のこと。 伽羅はすばやくドアを閉める。そうして、見なかったことにした。 ドアの向こうから、ジャブジャブと水を撒くような音。ザリザリと箒で掃くような音。 「どうして私がこんなことを……」 かすかに白の声も聞こえる。おそらく愚痴をこぼしているのだろう。 「おはよう、朝ご飯できてるよ」 そこに、エプロン姿の犀が現れる。 犀は伽羅よりも早く起きていたようだ。ベーコンが焼ける、いい匂いがする。 それがあまりにも場違いだったので、伽羅は少し眉をしかめた。 「伽羅さんも、食べるよね」 犀はダイニングへと走り去った。 「ああ……」 伽羅は遅れてついてゆく。 「今日の朝ご飯は、トーストと、目玉焼きと、ベーコン、それと味噌汁ね」 ダイニングテーブルには、既に料理が並んでいる。 犀は椅子を引いて伽羅に、座るように促している。 「今日は早く目がさめちゃったから、作ってみた」 「そうか……」 伽羅は適当に返事をした。 まだ眠くでぼんやりしているから、机にひじをついてぼうっと壁を見ている。 対照的に、犀はハキハキと話し続けた。 「ほんとは散歩だけのつもりだったけど、歩いてたらお店を見つけたんだ。あれって昔はなかったよね」 伽羅は犀のほうをゆっくりと見て、寝ぼけた頭で考える。 家の近くに店なんてあっただろうか。 この家はほとんど山の上に建っているようなものなので、周囲には木しかないはず。 店……店? 「もしかして、マンネンロウのことか?」 伽羅は思いついた。 伽羅が普段から買い物に行くスーパーマーケット。 マンネンロウという早朝から営業している店だ。あれは確か20分ほど歩いた先にあったはず。 いや、20分は近所なのか? 「そう、意外と便利でびっくりしちゃった。近所にあんな便利な施設があるなんて」 「確かにあの店は便利だが……近所ではないだろ」 その時、リビングのドアが開いた。 「白さん」 「ああ……」 白は疲れているようだ。 「白さんのぶんも、朝ご飯作りました。ぜひ召し上がってください」 白は無言で席につく。 「犀。これはありがたくいただくが、少し言いたいことがある」 「なんですか?」 きょとんとした顔。それを見て白はため息をつく。 「暴れるなら、掃除はきっちりしてくれると助かるのだが」 「すみません。ある程度は掃除したつもりだったのですが」 犀は少し気まずさを感じていた。確かに、少し雑な片付けだったかもしれない。 残骸などを処理した後満足して、床の汚れなどは放置してしまっていた。 犀は軽く頭を下げて、申し訳無さそうに謝る。 「これからは気を付けます」 「別に謝らなくてもいいんだ。これは、お前のせいだけではないからな」 白はコーヒーをいれに席を立った。 机の上にある可愛らしいレトロなポット。 犀はそれを手に取り、ガラスのコップに麦茶を注ぐ。 「どうぞ伽羅さん」 「ありがとう」 コップを伽羅に渡すと、伽羅は犀の顔を見て感謝を述べた。 犀は笑っている。 隠れているので外からは見えはしないが、犀のエプロンの下の服。 特に白いシャツには目立つ大きな黒いシミがついていた。 「すみません。ご飯食べ終わったら、お風呂いただきますね」 伽羅は気にせずベーコンをパンにのせてかじっている。
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