夜明けの使者

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朝ご飯を食べ終わった伽羅は、支度をはじめた。どこかに出かけるようだ。 「伽羅さん、どこ行くの?」 伽羅が鞄に何か詰めているのを見て、犀は話しかける。 「仕事だよ。でも、趣味みたいなもんかな」 「俺もついてきたい!!」 犀は伽羅についていきたそうにしている。 「だめだ」 伽羅はそれをすぐに却下した。 「どうして?」 伽羅は荷物の詰まったカバンを肩にかけて、既に玄関のドアを開けている。 「急だからだ。お前の分の装備を用意できてない」 伽羅は笑顔で軽く手をふる。 「じゃあな、犀。留守番よろしく。あと、兄貴も」 それだけ言って、伽羅はドアを完全に閉めた。 犀が後ろを向くと、そこにはいつの間にか立っていた白がいる。 驚く犀。 白は相変わらずの無表情、そして無言。気まずい雰囲気だ。 「…………」 犀は白と二人きりになることが特に苦手だった。 一方で、家を出た伽羅。 伽羅の目的地は、最寄りの駅。 森の木々に囲まれた小道を走ってくだってゆく。 鞄の中にはたくさんのチョコレート菓子、スマホと財布、ハンカチとあとは伸ばして使う棒。 森を抜けた先は広い田んぼだ。 その真ん中の細い道も、伽羅は元気に走る。 伽羅が走っていると、いつも出会う顔見知りの麦わら帽子の影が農作業をしていた。 「おはようございます」 「あぁ、伽羅ちゃん。おはよう」 麦わら帽子の影は伽羅の姿を見かけると、農作業中の手を止めて挨拶を返してくれる。 大建さんと別れて、それでも先へ進んでゆくとだんだん民家が増えてきた。 風景は街へと変わる。 そうして建物の背丈が高くなるにつれて、ついに駅が見えた。 駅とは言っても、伽羅は別に電車に乗りたいわけではない。 駅を通り抜けて、その向いにあるカフェに用事があった。 それはレトロな雰囲気の大きなパンナコッタが有名な店だ。 「いらっしゃいませ」 ドアの端に付けた鈴がちゃりちゃりと鳴る。 しばらくして店の奥から顔を出したエプロン姿の店員が伽羅に声を掛ける。 「本日は何名でおこしでしょうか」 「すみません、桃仁さん。いらっしゃいますか?」 「ええ、いらっしゃいます。席に案内しますね」 店員に連れられて伽羅は席へと向かう。 ヘリンボーンの多様な木材と、白い陶器の鉢に植えられたヤシ。 タイルの壁とガラスの窓の景色を見ながら、席と席の間を伽羅たちは歩いてゆく。 そうしていくつかの席を過ぎたあたりで、目当ての席にたどり着いた。 「こちらの席になります」 「ありがとうございます」 伽羅は店員に簡素な礼を述べた。 「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」 案内を終えた店員は、足早に去ってゆく。 案内された席は窓辺。そしてその席には既に人が座っている。 窓枠に切り取られた光が、その人物が持つ本の紙の質感を照らしている。 伽羅が近づくと、本はぱたりと音を立てて閉じられた。 光を反射して白くなった眼鏡が、少しだけ伽羅のほうを向く。 「おや、お待ちしておりましたよ。伽羅さん」 「これは、お待たせしてしまいました。すみません」 伽羅は軽く会釈をし、丁寧に挨拶をした。 その人物こそが今日、伽羅がここに来た理由。 その人物の名は桃仁。 濃茶の髪。落ち着いた錆色の瞳。べっ甲の眼鏡をかけ、いかにも清楚な出で立ちをした若い男。 伽羅にとって、桃仁は兄から紹介された客のうちの一人だった。
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