夜明けの使者

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「パンナコッタの大きいやつと、薄めのアイスティーください」 「かしこまりました」 伽羅はさっそく注文を終えた。 「伽羅さんは相変わらずですね」 向かいの席の桃仁は笑みを浮かべた。 「お互い様でしょう」 眼鏡のガラスが光を浴びて白く光っている。 桃仁の眼鏡の奥はどんな表情をしているのか。それは伽羅には知ることができない。 「それでは本題と参りましょうか」 桃仁は手元に1枚の写真を取り出す。 「これは?」 その写真には街中の風景が写っていた。だが、それは別に特筆すべきことではない。 言い換えれば、何も写っていないということだ。 「なんです?これは」 伽羅は桃仁に尋ねた。 「それは、依頼者の方がメールで送ってこられた写真を印刷したものです」 はぁ、伽羅は写真を手にとって近くで見た。けれど何回見ても普通の街中にしか見えない。 「その方は、その写真を送ったあと連絡がつかなくなりました」 「失踪したってことね」 伽羅は写真を見るのをやめた。 「おそらく依頼者はもう……」 桃仁は手で顔を覆い、わざとらしく泣く真似をしている。 残念なことだが、このようなことは伽羅の仕事では日常茶飯事だ。 伽羅が表情を変えることはない。 「それで、今回の依頼の資料をお持ちしました」 演技じみた表情を仮面のように変え桃仁は書類を取り出す。 「それが今回の怪の情報となります」 印刷された紙束。それは、メールの内容だったり、会話文を文字に起こしたようなものだったりするようだ。 「これじゃあ、あんまりわからねぇな」 そうして伽羅が書類を眺めていると、パンナコッタとアイスティーが運ばれてきた。 「パンナコッタとアイスティー、こちらに置いておきますね」 竹筒にレシートが差し込まれ、店員は足早に去ってゆく。 伽羅はそれを見ると、書類を机に放ってパンナコッタを食べ始めた。 パンナコッタをスプーンで一口。 氷で満たされたガラスカップにストローをさし、アイスティーを吸い込む。 底にはシロップが溜まっているから、一口目は甘い。 そして、伽羅は再びパンナコッタをスプーンですくう。 「私が持ってる情報はこの書類で全てですので」 伽羅はパンナコッタに夢中で、桃仁のほうを見ようともしない。 白いパンナコッタをスプーンでつつくと、表面が弾んでわずかに押し返される感覚がある。 「それで、どうすりゃいいの?」 伽羅は相変わらずパンナコッタを見たまま話す。 「そうですね。討伐するか封印でもしていただきたい」 桃仁は、無表情な声で告げる。 「報酬はいつも通りでいいですね。後のこともいつも通りにしてください」 咳払いをして桃仁は席を立つ。 桃仁は隣の椅子に置いていた薄っぺらで高そうな茶色のバッグを持った。 「あ、そうだ」 そして思い出したかのように、テーブルの上の竹筒に入ったレシートも手に取る。 「パンナコッタとアイスティーは、僕が払っときますね」 きざなウインクをして去っていく桃仁の背中を、伽羅はしばらくの間スプーンをくわえながら見守っていた。
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