夜明けの使者

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伽羅はその人影に近づく。 それは暗い白の髪をした青紫の目の男だ。 「すみません、ここで何かあったんですか?」 「……」 伽羅は話しかけてみるが、男は何も答えない。 黙ったまま、どこか向こうを指さしている。 それを見た伽羅はスマホでどこかに電話をかけはじめた。 いくつかのコール音のあと、通話が開始される。 「もしもし、桃仁さん?」 「はい?なんです?」 それは桃仁の声だった。 ついさっきカフェで聞いた声。それがスマホ越しに聞こえる。 少し声が響いていることから、おそらく桃仁は車にでも乗っているのだろう。 もちろん、自分では運転しない。桃仁はそういう男だ。 「目当てのもの、見つけたかもしれない」 「おや、随分と早いですね」 伽羅は目の前の男を見たまま話し続ける。 「それで電話したわけなんだけど、依頼者の外見ってどんなだ?」 「外見ですか……。実は私自身もメールのやりとりだけで、直接は対面したことがないんですよね」 お役に立てずすみません、と形だけの桃仁の謝罪。 「実は、目の前にいるのがそうかもしれないんだ」 「目の前に……ですか?」 「どこかを指さしているようなんだ。そこに向かったほうがいいだろうか」 「?」 伽羅が尋ねた後、ほんの一瞬だけの微妙な間。 少しだけ奇妙なノイズ音が流れて、それもまるで気の所為だったかのように会話は続けられる。 「そうですね……。他に情報がないのなら向かうのも一つの手だと思いますが」 「それもそうだな」   伽羅は謎の男が指し示す方を見た。 ここから見る限りでは、何の変哲もない路地裏のような場所になっている。 あの場所に何があるかはわからないが、おそらくこの件について何かしら手がかりを掴めるに違いない。 「とりあえず行ってみることにするよ」 そう判断した伽羅は、とりあえず謎の男の示す先に向かうことにした。 そしてついに、伽羅が知ることはなかった。 あの時、一瞬だけ生まれた空白。奇妙なノイズ音の本当の意味を。 「もしもし、伽羅さん?!」 桃仁は焦っていた。 「そんなわけがわからないものの指し示す先なんて、絶対に罠なんだから行ってはいけませんよ」 「それもそうだな」 桃仁の気持ちとは裏腹。伽羅から返ってくる言葉は、全く呑気なものだ。 しかし、状況は非常に芳しく無い。 実際にこれと似たような手口で多くの妖祓いが消息を絶ち、そして犠牲になっている。 その手口は、広く同業者の間では妖の手招きと呼ばれているものだ。 人の姿に化け、手招きをする。あるいはそれに類似する仕草などで人を誘う。 特に知性的で悪い性格を持った妖によく見られる行動。 その多くは、人気のない場所に連れて行くことを目的としているらしい。 「とにかく、絶対。ぜ〜ったいに行っては駄目ですよ」 桃仁は念を押すように言いつけた。 けれど、その後に返ってきた伽羅の返事は、桃仁の予想をはるかに越えたものだった。 「とりあえず行ってみることにするよ」
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