夜明けの使者

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「それじゃあ、私はここで降りますので」 桃仁は運転手に告げて車から降りる。 駐車場の砂利を踏みしめる音が聞こえた。 「私が再び帰ってきて、己の手でドアを開けるまでは決して誰も乗せてはいけません」 「かしこまりました。どうか生きて帰ってきてくださいね」 運転手の返事を聞いてから、桃仁はドアを閉める。 近くに規制線が敷かれているようだ。 ざわめきが辺りを覆う。 おそらくこの近く、かつ人気のない場所に伽羅はいるだろう。 それも、桃仁が間に合えばの話だが。 (伽羅さんは大丈夫なのだろうか……) あれから桃仁は何度も伽羅と通話を試みている。けれど、繋がる気配すら感じない。 伽羅は「とりあえず行ってみることにする」と言った。あの通話が最後だった。 なぜあの時、伽羅は電話を切ったのだろう。 いつもの気まぐれだろうか。いや、そうではないかもしれない。 もし伽羅がその通りに行動していたとしたら。その場合、最早一刻の猶予もないはず。 ジャケットの裏に隠し持つ御札の存在を確かめるように、桃仁はポケットをなでた。 そもそも桃仁は、依頼の取次をするだけの人間。いわば仲介人でしかない。 現場に出向いて妖と直接対峙することをしないのは、何より桃仁自身にはそれほど実力が無いからだ。 それは桃仁自身が一番よくわかっていることでもある。 だからこそ、この御札は桃仁にとっては縋ることのできる最後の命綱。かつ唯一の武器でもある。 桃仁が向かったところで、伽羅を助けられるかはわからない。 実際、今回の依頼者のことは助けることはできなかった。 あれは突然のことだ。 今まで普通にやりとりをできていた依頼人が急に失踪して、それからも桃仁はなんとかしようとした。 桃仁が手配した妖祓いは、全員連絡が取れないまま。 その妖祓いを救うための妖祓いも同様の末路を辿っている。 今までもそうだった。ほんの少し、桃仁が迷っているうちに全てが手遅れになってしまう。 もはや、桃仁自身が助けに向かわないという選択肢は無いに等しい。 騒がしい街の中。 桃仁は周辺の路地。特に人気のない場所をめがけて、桃仁は走る。 「伽羅さん?伽羅さん、いますか?」 軽く息を切らしながらも桃仁は、あてもなく呼びかけた。 しかし、当然のことながら返事などはない。 けれど諦めず走り続けていると、やがて路地裏に一人の影が見えた。 それは伽羅の後ろ姿のように見える。 「ここにいたんですね‼無事で良かった」 その人影は桃仁の声を聞いて振り返る。 「あ?来てくれたんですね」 伽羅は路地裏、少し広まった場所に立っている。 その場所は他の場所とは違い、空き地のようになっている。 伽羅はスマホを片手に持って上に掲げてみたり振ってみたりしている。 「何してるんですか?」 桃仁は尋ねる。 「電波が悪いみたいで、電話ができないんですよね」 伽羅は不思議そうにしている。 「電波が?」 電波を探したところでどうにもならないだろう。桃仁は心のなかでつぶやく。 伽羅はそんな桃仁の様子は気にしていないようだ。 「ちょっと、見てもらえますか?」 スマホの画面を見せながら、伽羅は桃仁に近づいてゆく。 そして伽羅はすぐに、桃仁のすぐそばまで来た。 けれど、それ以上二人の距離が縮まることはない。 伽羅が一歩、歩みを進めると桃仁が一歩後ずさる。 そうしていることに、桃仁自身は気づいていない。 無意識のうち。桃仁のその行動は、生存本能が生みだした警告そのものだ。 じり、と砂を踏む音。 伽羅は桃仁を見つめている。 桃仁は伽羅のその目を見つめ返すことしかできていない。
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