夜明けの使者

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「なんだ……こんなところにいるのか」 その声とともに、伽羅の姿が一瞬にしてかき消えた。 そして後ろから現れたのは他でもない。 今度こそ本物の伽羅だ。 あまりの驚きで桃仁は声を出せないでいる。 「電話するために電波を探してたら、先に電話相手を見つけちゃった。そんなことある?」 素っ頓狂な声に桃仁は目を見開いた。 「あなた……無事だったのですね」 ようやく一息ついて、ほっと胸をなでおろす桃仁。 絞り出すような声は、どこか安堵の表情を帯びる。 路地から吹き付ける冷たい風はいつの間にか去り、今やこの場所には何の気配感じられない。 「無事?まぁ無事ですけど。服以外は」 立っている伽羅の服は跳ね返った真っ黒な泥で汚れている。 そして表情は真顔。 「……相変わらず……ですね」 偽物の伽羅をまるで小さな虫けらのように片手で打ちのめし伽羅はそこにいる。 「何が?」 「僕が心配するまでもなかった。あなたは本当に強いですね。怪をあんなにもたやすく」 「ああ、あれが怪だったんだ」 伽羅はスマホを取り出し振り始める。 「あ、ここも電波ないのか」 「……」 桃仁はスマホを取り出しおもむろに振り始めた伽羅を見る。 「それ、あなたのそれ。怪が真似してました。スマホを振って何か意味があるんですか?」 「へ?意味?ないけど?」 伽羅は何か不思議なことを尋ねられたように桃仁の顔を見る。 その顔を見て桃仁はこれ以上は無駄だと察し、眉間に指を当てた。 「まあ、いいでしょう。報酬はいつも通りでいいですね。帰りは送りましょうか?」 「あ、今回は寄るとこあるからいいや」 桃仁はそれきり何も言わない。だから伽羅も特に何か言うことは無かった。 二人は目線をそらしお互い別の方向へ歩く。 桃仁は待たせている運転手のもとへ、伽羅は自転車を探すため。 いつからか伽羅の自転車は狭い路地の入口に放置されたままだ。 籠に鞄を再び乗せると伽羅は帰路につく。 沈んでゆく日がペダルを漕ぐ伽羅の顔をオレンジ色に照らす。 ほとんど誰もいない田んぼと畑の田舎でも、まばらに店などはある。 それらをぼんやりと眺めながら伽羅は二回、店に立ち寄って買い物をした。 一回は商店。これは言いつけられていたものを買うため。 そしてもう片方はコンビニ。これはからあげを買い食いするためである。 「ああ、待っていました。これ。これですこれ」 豊かでフサフサの尻尾。 金色の毛並みのそれを九本も揺らめかせながら喜ぶ。その人はカフェの店員だ。 それと同時に、九つの尾を持つ狐でもある。 「ほんとに好きなんだな。それ」 「ええ、ええ。何と言っても私のいただいた名前こそ梅ですから。もちろんそれは当然でございます」 梅は伽羅から受け取った梅酒の瓶に頬ずりをして、満足気に目を細める。 梅のその様子を見て伽羅は、店の奥の壁掛けに勝手に鍵を戻しておくことにした。 「今日もありがとう。鍵はいつもの場所にかけておいたから」 「ええ、たいへん結構でございます。いつもご贔屓にどうも」 梅は最早、伽羅のことなどどうでもよいようである。 呑んでもいないのに酔っ払ったようになっている梅を放って伽羅は今度こそ家への道のりを歩くことにした。 外は既に暗い。
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