夜明けの使者

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「すみません。白さん。俺はいったいどうすれば?」 「……知らん」 伽羅が出かけたその後、白と犀は二人きりで家にいた。 日よけのすだれのせいで昼にも関わらず暗い座敷。 その真ん中で座卓に向かった白はひたすら書き物をする。 その背中を犀は見守っていた。 「それって、呪いの御札ですよね」 「ああ……そうだが。だから何だ?」 白の手元にある硯には真っ黒で美しい墨が張り、わずかな陽光を白く映す。 手元の紙にすらすらと文を書き記す白のその手つきは慣れたものだ。 筆をしたたる黒は札に吸い込まれて呪いと化す。 犀にとってはそれはあまりに緊迫した、それでいて退屈な時間だった。 「白さんはもう外に出るのはやめたんですか?」 「……」 別に答えて欲しかったわけではない。けれど何気なしに犀は尋ねる。 白は答えない。 ただ次から次へと札に呪文を記してゆく。 「昔の白さんからしたら考えられないですよ」 「……そうか」 白は全く犀のほうを見ない。 外から遠く聞こえる昼の虫の音を聞きながら、そうして穏やかな時が流れてしまう。 じりじりと焼け付くような陽光が窓のすぐ向こうを斜めに照らす。 それでも白はそれを気にもとめず書き続けた。 「いつから御札を?」 「そう昔でもない。けれど最近でもない。いつかは覚えていない」 「そうですか」 それきり犀は黙り込んだ。 それは白との会話に単に気が乗らなかったのか、それとも別の理由があるのか。 犀自身にはわからないことだった。 そして自分自身の手の爪の表面を眺めて、格子の天井を見て。 それでもやることがないから床の畳の目を数え始めた。 白と犀の間をゆっくりと、涼しいようなそうでもないような曖昧な空気が流れてゆく。 そして、いくつかの御札を完璧に書き上げた白はおもむろに手を止めた。 「強いて言うなら儲かるから、だろうか」 「……?!」 完成した御札を眺めながら唐突に話し始める白に犀は驚く。 「私が御札を作る理由。いつからこうだったか、思い出そうとしても思い出せなかった。けれど御札の製作は儲かる。少なくとも妖祓いよりは……」 「儲かる?」 「金が必要だった。人を一人生かすには、それを殺すよりも何倍も金がかかる」 「?」 相変わらずの背を向けたまま話す白の大きな背中を犀は見ていた。 犀にはその話の内容が具体的に何を示しているのかはよくわからなかった。 そして、時間だけが過ぎてやがて太陽が真上に昇る。 その時、部屋の中は完全に影となった。 玄関のドアを叩く無機質な音が遠くから聞こえる。 そしてその音に誘われるようにして白は席を立つ。 犀は相変わらず部屋の隅。 座ったまま少しだけ小さくなって白の顔を見上げる。 白は相変わらず犀を見ることは無い。 けれど一瞬。玄関へ向かう白の横顔を犀は見た。 その顔はあまりにも
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