黒い御札

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はっと気づく。 伽羅の手には金属の感触がある。 それはドアノブだ。 その時まで伽羅は、自分がそれに触れていることに気づかなかった。 無意識のうちに、伽羅はドアノブに手をかけていた。 伽羅の眉間にはシワができている。 肩に乗ったきゅーりさんが羽を激しく動かして。 それが伽羅の頭にバサバサとぶつかっていた。 「ああ、もちろん覚えているさ」 動揺を隠して、伽羅は返事をする。 なぜだかわからないが、怖ろしい。 そしてその恐怖の感情。それだけは相手に悟られてはならない。 伽羅は確信していた。 軽く呼吸を整える。 そうだ。相手は犀なのだ。だから、何も怯えることなんてない。 全てを気のせいだと、そう思うようにして伽羅はドアに向き直る。 すりガラスの先に見えるその影は、あの頃の犀よりも大きい。 そして、犀の声はこう言った。 「鍵がかかっているから、開けてくれないかな?」 その時伽羅の目はドアノブを見ていた。 見てしまった。 ついに伽羅は、ごまかしきれない違和感の正体に気づく。 ドアの鍵が開いている。 それならば、犀はなぜ鍵がかかっていると言ったのか。 ドアノブは不規則に動いている。 犀がドアを開けようとしているのだろうか。 そもそも、ドアの向こうにいるのは本当に犀なのだろうか。 向こうの様子を少しでも知ろうとドアに近づく。 すると突然、ドアは大きく揺れる。 驚いた伽羅は、すぐさまドアから離れた。 ドアノブは不気味な音をたてて動き続けている。ガタガタと不規則に大きくドアは揺れる。 けれど、ドアそのものが開く様子はない。 「ギャアギャア、ギャア、ギャア」 肩の上のきゅーりさんが大きな声で叫ぶ。 伽羅はドアの様子を見守る。 そうしているうちに、ドアの上あたりだろうか。 定かではないが、そんな高いところから何かが落ちてきた。 それは真っ黒な色をしている。 伽羅はしゃがんで、それを拾い上げた。 「これは……?!」 伽羅はその真っ黒になったものが、元は御札であったことに気づく。 伽羅は、御札だったものを観察した。 その真っ黒はペンのインクなどで塗りつぶされた、そんなものではない。 何か特殊な。異様な力で焼け焦げたような、侵食されたような。 まともではない色をしている。それは一目見ただけでも、たやすく分かるほど。 見れば見るほど異様である。 手の中のそれ。伽羅が真っ黒になった御札を見ていると、ふいに扉がしん……と静かになった。 動きが止まったようだ。 先ほどまでの動いていたのがまるで嘘のよう。何もなかったかのように、突然扉は動かなくなった。 いやな予感がする。 冷や汗。それをぬぐう暇もない。 伽羅の目線は扉をとらえて離さない。いや、離すことができなかった。 金縛りにあったかのように、体がは少しも動かなくなる。 甲高い耳鳴り。心臓の音も聞こえる。 伽羅の視界はしだいに明るくなってゆく。 意識が遠のいているのだろうか。わからない。それでも、伽羅は確かに見た。 扉が開かれる。 そこから覗く黒い影が、こちらをじっと見ている。
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