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「大丈夫?」
伽羅が意識を取り戻したのは、しばらくしてのことだった。
薄い麦色の髪に、紅茶のように赤い目をした誰かが、伽羅の顔を心配そうに覗き込んでいる。
それは犀だった。
「急に倒れたからびっくりしちゃった」
伽羅は犀と目を合わせた。犀は困ったような顔をしている。
「もしかしてだけど……俺のこと忘れてたとか?」
伽羅は数回まばたきをする。まるで、意味がわからないといった表情だ。
「……ほんとに忘れてたの?!」
きょとんとした顔の伽羅を見て、犀はとまどいの表情を隠せない。
その顔を見た伽羅は、意地が悪そうににやりと笑った。
「やっぱり覚えてくれてたんだ」
その笑顔を見て、犀はほっと胸をなでおろす。
「伽羅さんは、変わってないね」
伽羅は何も言わない。
あきれたような犀の顔を見てにやにやと笑っている。
「昔、かくれんぼのとき。一生懸命隠れてる俺のこと無視して、昼寝してたよね」
「そうだったかな?記憶にないが」
それでも伽羅は、笑っている。
都合の悪いことはすぐに覚えていない。そういうところも。
伽羅は、昔からそうだった。
犀にとっては、それがいつもの伽羅だった。
「そうやって、意地悪なとこ。全く成長してない!!」
あまりに伽羅が意地悪く笑うものだから、ついには犀が少し機嫌を損ねてしまう。
ぷりぷりと宛のない、ほんの僅かのぐち。
やがて言うこともなくなってすねた犀は、完全に沈黙した。
すると伽羅は、ようやく口を開く。
「お前は、随分変わったな」
その声は静かな表情を帯びている。ついでに嫌味にも近い、それでいて親しみを込めたような。
そんな言い方だ。
それでも、伽羅の額には妙な汗が流れている。
「そうかな?そんなに変わった?」
犀は無邪気に己の手足を見て、足元を眺めて。
納得していないような、どこか不思議そうな様子だ。
伽羅はそれをじっと見ている。
伽羅にとって犀は、かけがえのない存在だ。無視できるほど情のない相手では決してない。
そして、だからこそ。
伽羅目には、犀の様子は異様に見えた。
犀の白い服には、黒いシミがついている。それを犀は気にしている様子がない。
人間のように見えて、犀は既に人間ではないのだろう。
それは伽羅の直感だ。確証はないけれど、確信めいた何かがある。
伽羅はその事実を犀に伝えること、それを悟られること。
それらの行為は、犀にとって良くない影響を与えるだろうことも察知していた。
「それはそうと、この御札」
犀は、真っ黒になった札を手に持っている。
「これって、もしかしなくても鍵だよね」
犀は申し訳なさそうに札を差し出す。
「多分厄除けの御札かなぁ?とは思ったんだけど、これのせいで家に入れなかったから壊しちゃった」
伽羅は差し出されたそれを見つめた。
「それは」
伽羅は札を受け取る。その札の正体を伽羅は知っていた。
「この御札は実は縁結びの御札なんだ」
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