黒い御札

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「それは、おそらくこの御札は関係がないだろう。単に別の御札のせいだと思う」 伽羅は部屋の入口を見た。 「私は、鍵の札がどこにあるのか知らない。この家の鍵は兄貴が全て管理しているからだ」 「伽羅のお兄さん?」 犀は不思議そうな顔をした。 「伽羅のお兄さんって誰だっけ?」 「知らなかったか?まぁ今に帰ってくるだろうから、その時わかる話だが」 ちょうどその時玄関からドアを開ける音がする。 「ほら、言ってれば帰ってきた」 足音がする。そらはこちらにまっすぐ向かっている。 「おい、誰だ鍵を壊したのは」 襖が小気味の良い音をたてて開く。そこには男が立っている。 伽羅と同じ黒い髪。そして特徴的な黒い目をしていた。 その目は淀んでいるようで、光を宿しているようでもある。不気味な様だ。 顔立ちは整っているものの、その肌は血が通わないような色をしている。 「お前、本家に行ったはず。なぜ入ってこれた?」 男はいっさい目をそらすことなくじっと犀を見つめる。 「ああ、お兄さんって白さんのことか」 犀はその男のことを既に知っていた。 男の名は、白。 白は犀と伽羅が幼い頃、この家で一緒に暮らしていた人物だ。 あの頃から白は無口で、それでいていつも悟ったような虚無の表情をしていることが多かった。 そしてようやく話したかと思えば、その声には感情すら乗らない。 犀は、白のことが苦手だった。 けれど、遠巻きに伽羅たちを見つめる目は優しいものだった。 だから、犀は白のことを少しは知っているつもりだった。 けれど実際には、犀は白が伽羅の兄であることすら知らなかった。 「おかえり、兄貴」 伽羅は相変わらずぽりぽりとおかきを食べている。 「お邪魔しています。白さん」 犀は、笑顔で白に挨拶をする。白は顔色ひとつ変えず、それを無視した。 「伽羅、お前が入れたのか?」 犀の存在すら無視して、白は伽羅に話しかける。 白は異様なほどじっと伽羅を見つめている。 それでも伽羅は白からのその圧をものともしない。伽羅の歯は、今もおかきをカリカリと噛み砕いている。 「鍵を壊して入れたのはお前なのか、と聞いているのだが?」 伽羅は何も答えない。 「あの……鍵は俺が」 見かねた犀は、自分が鍵を壊したのだと伝えようとした。 それを遮って、伽羅が口を開く。 「さぁ、どうだろうな。それよりも、鍵を修理する方を優先すべきだと思うね」 伽羅はその出来事に対して何も話すつもりはないらしい。 犀は、伽羅の考えはわからなかった。けれど伽羅が話さないと決めていることは察していた。 「言われずとも、鍵は何とかするつもりだ」 それからしばらく無言が続いて。 今の伽羅には尋ねても無駄だと、白はそう感じたのだろうか。 踵を返して部屋を出ようとする。そして、部屋を出る前、最後に向き直ってこう言った。 「お前が使っていた部屋は、伽羅が使っている。再び使いたいならば、二人で頑張ることだ。」
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