黒い御札

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「ココアのおかわり、いるか?」 白が去ったあと、伽羅が犀に尋ねた。 「ココアはもういいかな」 飲み干したココアの入っていたコップの底を、犀は見ている。 コップの底にわずかに残ったココアの残骸がある。 「そうか」 犀の言葉を聞いて、伽羅は持ってきた盆に空の食器の類を全て乗せて部屋を出ていった。 おそらくキッチンに行ったのだろう。 犀は伽羅の背中を黙って見守る。 そうして手持ち無沙汰になった犀は部屋を出て、辺りを見回した。 この屋敷は、昔と少しも変わっていない。犀が本家に出向いてから、犀は変わってしまった。 本家に出向いてから、犀自信が並々ならぬ変化をしていることは犀自身でも少しは自覚していたことだ。 犀がぼうっと廊下のすみを眺めていると、ほどなくしてキッチンから伽羅が帰って来た。 「おい、何をぼーっとしている?」 伽羅は犀のおでこを指で軽く押した。 「お前が使う部屋に行くぞ。付いてこい」 暗い木でできた、狭くて静かな廊下を伽羅と犀は歩いてゆく。 犀が上を向けば、グラスのような透明で質素な照明が天井を飾っているのが見える。 採光用の小さな窓。うすオレンジの四角い光が、等間隔に床を照らす。 くもった木のあたたかいにおいがする。 「うわぁ、ここも全然変わってない」 静謐で温かな部屋の群れをいくつか、日の光が降り注ぐ中庭、そして階段を通り過ぎてゆく。 犀はそのいたる所を見て、懐かしさを覚えていた。 前を歩く伽羅は、犀のほうを見もしない。 だから、伽羅と犀の間隔は少し開いていた。 「ほら、ここだよ。前に犀が住んでた部屋だ」 伽羅は一つの扉を指さした。 それは、木製のプレートが飾られた扉だ。 お花や、フリルなど、可愛らしい装飾が施されたそのプレートには、「さい」とひらがなで書かれている。 「見てみろ、このプレートはあのときのまま残してあるんだ」 伽羅はプレートを示したまま犀の方を向く。 けれど犀はよそ見をしながら歩いていたので、前にいた伽羅にぶつかった。 「あ、ごめん伽羅さん」 ぶつかった拍子に犀は伽羅に覆いかぶさってしまう。 伽羅は犀を押しのけようとするが、犀の体が大きすぎるためかそれは叶わなかった。 「……しっかりしてくれ」 伽羅が小声で言う。それを犀は苦笑いで聞いていた。 「わざとじゃないんだって、ほんとにごめん」 伽羅はふぃとそっぽを向いている。怒っているのだろうか。 少し困りながらも体制を立て直した犀は、伽羅に手を伸ばす。 伽羅はその手を片目でちらっと見てから自力で立ち上がった。 「やっぱり、伽羅は変わってないね」 そんな伽羅の姿を見て、犀は笑う。 「どういう意味だ?それは」 伽羅は不服そうだ。怒るでもなく、ただ犀を見つめている。 そうして、二人は部屋の扉を開けた。
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