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夕食が終わったあと、犀は部屋で待機していた。
風呂に入るためだ。
白は晩飯の時間の前に既に済ませていたらしい。
話し合いによって次は伽羅。最後に犀という順番になった。
待ち時間の間、犀は干されていた布団を取り入れるためベランダに出る。
広いベランダの手すりに引っかけられた布団はまだほんのりとあたたかい。
日暮れが近づく空はますます濃い赤を帯び、暗闇がすぐそこまで迫る。
冷たい風から逃れるように、犀は布団を抱えたままベランダから室内へ移った。
大きな布団に視界を邪魔されながら、慎重に部屋への道を辿る。
そして持ってきた布団を床に敷いた。
それがなんだかお泊まり会のような気がして、犀は少しだけ心をときめかせる。
あれからしばらく経過して、そろそろ伽羅が戻ってくる頃かもしれない。
犀が布団の上で待っていると、肩にタオルをかけた伽羅が部屋へと入ってくる。
伽羅の髪はまだ十分に湿っているようだ。
「風呂、あがったぞ。次入れ」
伽羅は髪の毛を拭きながらベッドに座りこんだ。
「伽羅さん、髪の毛乾かさなくてもいいの?」
犀は尋ねた。
「ああ、放っておけば乾くからな」
伽羅は興味がなさそうだ。
「そういえば伽羅さん、ドライヤーってどこにある?」
「ドライヤー?それなら洗面台の近くの台にしまってあると思うが?」
「そう、ありがと」
犀はそのあと、部屋を出ていった。
伽羅は、ベッドでごろごろとくつろぎはじめる。
犀は風呂に行ったから、しばらく戻っては来ないだろう。
枕を抱えながら寝転んでスマホを触っていると、部屋の扉が開く。
まだそれほど時間が経っていないのに、もう風呂を上がったのだろうか。
伽羅がドアの方を見ると、そこにはドライヤーを持った犀がいた。
「なんなんだお前……」
ベッド腰掛けた犀に、伽羅はドライヤーの風を執拗に当てられている。
伽羅はドライヤーの大きな音が嫌いだった。
「髪の毛乾かさないと、風邪をひくでしょ」
犀は伽羅の髪の毛を黙々と乾かしている。
「もう、乾いたか?」
伽羅は定期的に犀に問いかける。
「まだ乾いてないよ」
何度伽羅が問いかけても、返ってくる答えは同じ。
そのうち諦めたのか、伽羅は何も言わなくなった。
「はい、終わった」
そうして髪の毛がすべて乾く頃には、伽羅はくたくたに疲れていた。犀は笑っている。
「なんで伽羅さんが疲れてるのさ」
「うるさい。放っておいてくれ」
伽羅は枕に顔をうずめて、とても不機嫌そうだ。
そんな伽羅の様子を見て満足したのか、犀は再び風呂場へと出かけていった。
そうして犀が風呂から帰ってきた頃。
日は沈み、ついに本格的な夜がやってきた。
いつもは賑やかな木々のざわめき、鳥の声。それら全てが静まり音のない世界を作っている。
「それじゃあ、電気消すぞ」
伽羅は部屋の電気を消すためのリモコンを手に持っている。
「ええっ、もうちょっと話そうよ。せっかく時間があるのにさ」
「せっかくって何だ。明日話せ」
伽羅は少し眠そうに、うんざりとした様子だ。そんな伽羅とは違い、犀ははっきりと覚醒していた。
「明日だって、明日が来ないかもしれないだろ」
冗談めかして犀は言う。
「明日が来ないとしても、明日話せ」
伽羅は犀は話しかける犀に背を向け、うんざりしたように寝転んだ。
伽羅が起きているのか、それとも寝ているのか。
伽羅が壁のほうを向いているので、犀にはわからない。
それでも犀は話し続ける。
「俺が本家に行った時、迎えに来たあの人のこと覚えてる?」
伽羅は返事をしない。
「あの人はね、本家の当主様でね。本家では一番偉い人なんだ」
静かな部屋に、犀の声だけが残っている。
「俺ね……本家からここに来る前に、ここにくるまえにね」
言葉を進めるたびに、犀の声が小さくなってゆく。
かすかに震えを感じる。怯え、だろうか。
聞き取れるか聞き取れないかそんな声。それでいて少し泣きそうでもある。
「あの人のこと、■しちゃった」
その夜。それ以上のことを犀が語ることはなかった。
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