act2-4 ウィニングボールを君に

2/3

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/47ページ
「あ、私、今日はお母さんの用事、頼まれてのだった」 「あ、ごめん。私、旦那が早く帰って来いって言うから」  私がせっせと業務外でも耐えて、セクハラ逃れのために、必死で片付けしているのに、その間に、一人二人と逃げて行く。人に厄介なことを押し付けて、あとは知らんぷりだ。 (卑劣者)  大手企業で合理主義かコスト削減か何かしらないけど、人に面倒なこと押し付けて、自分だけ得をするって風潮は消えやしない。  所詮、野球のボールやバッドの片付けなど誰もやらないのだ。私が言い出したから、これ幸いと、皆責任をなすりつけてしまった。 (ふん、野球なんて、居酒屋で美味しいビールを飲みたいがための余興じゃないの) 「今日のウィニングボール、これ、もらってくれる?」  その時、私の前ににゅっとボールが差し出された。 「え・・・?」  部署の中年の部長かと思ったら、目の前にいたのは、若い男性。  髪を後ろに流し、野球のユニフォームを着た、確か、見たことがある。  どこかで、最近、聞いたような・・・声。  どうだろう?百貨店でスーツを買った時の店員?服をかけてもらって、いえ、それか近くの食料品店のレジだったかしら?でも、私は思い出せなかった。 「城市くん?」  私はその男を知っていた。知ってて当然。同じ会社の社員だ。  それに、我が母校の生徒。同じ学年、同じクラス、元同級生。  つまり、伊藤エリカと私の同級生。  名前も知らなかった人物だが、この会社に来てからは知っている。まだ他にも私の高校の同級生が会社にはいるのだ。  それに、うちの会社が城市(しろいち)工業。という名で分かる通り、城市茂次郎(しろいちしげじろう)は、この会社の社長の息子の息子。 「な、なんでここに?」 「い、いや、僕は一応、この会社の一員なんで、今日も野球チームに参加してたんだけど、そんな初めて会ったぐらいに驚かれても、ずっと君といっしょに勤めてて、毎日ぐらい会ってるよ?気づかなかった?僕、いてもいなくても同じって言われるけど、それだけ僕って、影、薄いかな?」 「い、いえ、何でもありません。すいません、よそ見していて、気づかなかったもので」 「ああ、よく言われるよ。高校の時も影の薄い奴と言われて、目立った人間でなかったけど。ええと、僕のこと、知ってる?僕は君のこと、知ってたけど」  高校の時に、こいつは、伊藤エリカを取り巻く一人だったはず。  私は記憶力は良い、頭脳優秀だ。一度見た顔は忘れない。普段は、思い出さないだけで。  私はぎくりとした。 「これ、今日、僕が打ったヒットのボール。久しぶりに良いボールが打てて、点も入ったから、君にあげる」 「え・・・?」  今まで一度も、こんな優しい声をかけてもらったことがないかもしれない、特に男子には。  でも、この人は学校のアイドル女子、伊藤エリカに、男子は誰も彼も夢中で・・・彼もその一人だった。はず。  なのに、そいういう奴が、なんで、私にボールを?
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加