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「あ、私、今日はお母さんの用事、頼まれてのだった」
「あ、ごめん。私、旦那が早く帰って来いって言うから」
私がせっせと業務外でも耐えて、セクハラ逃れのために、必死で片付けしているのに、その間に、一人二人と逃げて行く。人に厄介なことを押し付けて、あとは知らんぷりだ。
(卑劣者)
大手企業で合理主義かコスト削減か何かしらないけど、人に面倒なこと押し付けて、自分だけ得をするって風潮は消えやしない。
所詮、野球のボールやバッドの片付けなど誰もやらないのだ。私が言い出したから、これ幸いと、皆責任をなすりつけてしまった。
(ふん、野球なんて、居酒屋で美味しいビールを飲みたいがための余興じゃないの)
「今日のウィニングボール、これ、もらってくれる?」
その時、私の前ににゅっとボールが差し出された。
「え・・・?」
部署の中年の部長かと思ったら、目の前にいたのは、若い男性。
髪を後ろに流し、野球のユニフォームを着た、確か、見たことがある。
どこかで、最近、聞いたような・・・声。
どうだろう?百貨店でスーツを買った時の店員?服をかけてもらって、いえ、それか近くの食料品店のレジだったかしら?でも、私は思い出せなかった。
「城市くん?」
私はその男を知っていた。知ってて当然。同じ会社の社員だ。
それに、我が母校の生徒。同じ学年、同じクラス、元同級生。
つまり、伊藤エリカと私の同級生。
名前も知らなかった人物だが、この会社に来てからは知っている。まだ他にも私の高校の同級生が会社にはいるのだ。
それに、うちの会社が城市工業。という名で分かる通り、城市茂次郎は、この会社の社長の息子の息子。
「な、なんでここに?」
「い、いや、僕は一応、この会社の一員なんで、今日も野球チームに参加してたんだけど、そんな初めて会ったぐらいに驚かれても、ずっと君といっしょに勤めてて、毎日ぐらい会ってるよ?気づかなかった?僕、いてもいなくても同じって言われるけど、それだけ僕って、影、薄いかな?」
「い、いえ、何でもありません。すいません、よそ見していて、気づかなかったもので」
「ああ、よく言われるよ。高校の時も影の薄い奴と言われて、目立った人間でなかったけど。ええと、僕のこと、知ってる?僕は君のこと、知ってたけど」
高校の時に、こいつは、伊藤エリカを取り巻く一人だったはず。
私は記憶力は良い、頭脳優秀だ。一度見た顔は忘れない。普段は、思い出さないだけで。
私はぎくりとした。
「これ、今日、僕が打ったヒットのボール。久しぶりに良いボールが打てて、点も入ったから、君にあげる」
「え・・・?」
今まで一度も、こんな優しい声をかけてもらったことがないかもしれない、特に男子には。
でも、この人は学校のアイドル女子、伊藤エリカに、男子は誰も彼も夢中で・・・彼もその一人だった。はず。
なのに、そいういう奴が、なんで、私にボールを?
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