第1話

1/1
前へ
/4ページ
次へ

第1話

 毎年、雪が降ると昔の恋人のことを思い出す。  彼女──奈央(なお)とは、高校一年生の時に出会った。当時、僕はいわゆる「ぼっち」だったせいか、クラスで浮いていた。そんな僕と奈央が仲が良くなったきっかけは、席替えで隣になったことだった。  奈央は、とにかく人懐っこくて明るかった。自分とは正反対の、とても魅力的で人を笑顔にする術を知っている彼女に僕は日を追うごとに惹かれていった。  そして、徐々に距離を縮めていった僕と奈央はやがて付き合い始めたのだった。  大学生になっても僕たちの関係は変わらず、何となく「このまま結婚するんだろうな」なんて思っていた。  子供は二人くらいで、時には夫婦喧嘩をしながらも楽しく暮らして。平凡だけれど、幸せな毎日が続くのだろうと──そう信じて疑わなかった。  だが、そんな幸せな日々は長くは続かなかった。  大学一年生の冬。あの日、僕たちは待ち合わせをしていた。けれど、なかなか彼女が来なかったため電話をかけたのだ。  何度か電話をしてやっと出たと思えば、「ごめん、ちょっと遅れる」とのことだった。その時、僕の中で不信感が芽生えた。  今日は、付き合って二年目の大事な記念日だ。そんな日に遅刻するなんて、もしかして何かやましいことでもあるのではないのか。そんな考えが頭をよぎり、胸がざわついた。  だから、つい訊いてしまったのだ。「もしかして、浮気でもしてるの?」と。今思えば、馬鹿げた質問である。  僕の心無い言葉に、奈央は心底悲しそうに答えた。 「……浮気なんて、するわけないじゃない」  今思えば、あの時の僕はどうかしていた。……いや、元々自信がなかったのだ。  常日頃から「本当に自分は奈央の恋人に相応しいのだろうか」というネガティブな考えが付き纏っていたせいか、ふと彼女が他の男と一緒にいるところが頭に浮かんでしまった。  僕はもう後には引けなかった。怒りに身を任せて彼女を責めてしまった。……そう、彼女が運転中であることに気づかないほど頭に血が上っていたのだ。  そして──電話に気を取られた奈央は、事故に遭い亡くなってしまった。  後日、奈央の両親からあの日遅刻した理由を聞いた時、僕は膝から崩れ落ちた。なんでも、彼女は僕が以前から欲しがっていた腕時計をプレゼントしようと当日まで探し回ってくれていたらしい。  通販サイトでは売り切れだったため、わざわざ足を使って店をはしごしてくれたとのことだった。  それを知った時、僕は罪悪感と後悔で頭がいっぱいになった。  ──それから、長い歳月が過ぎた。 「どうしたの? 瑛士(えいじ)くん。急に無言になっちゃって」  夕暮れ時のカフェにて。  向かい側に座っている雪奈(ゆきな)が、心配そうに顔を覗き込んでくる。彼女は現在の僕の恋人だ。  奈央と死別して以来、僕は恋愛が出来なくなっていた。だが、どういうわけか彼女にはありのままの自分をさらけ出すことができた。そのお陰か、自然と交際する流れになったのだ。  僕と雪奈は年の差カップルだ。今年、看護学校を卒業したばかりの彼女は新人看護師として日々奮闘している。  まさか、アラフォーの自分がこんなに年の離れた女性と付き合うなんて思ってもみなかった。人生、何があるかわからないものだと思う。  僕は、奈央のことを思い出しながら雪がちらつく窓の外を眺める。  そう言えば、あの日も──奈央が事故に遭った日も雪が降っていた。そして、僕が彼女に告白して付き合うことになった日も。  思えば、雪には随分と縁があるような気がする。良くも悪くも。 「ちょっと、昔の恋人のことを思い出してね。その人とは、死別したんだけど……」 「そ、そうだったんだ……なんか、ごめんね。辛い過去を思い出させちゃって」  雪奈は謝ると、申し訳無さそうに目を伏せた。僕は「気にしなくて良いよ」と言うと、誤魔化すようにカフェオレを飲む。すると、彼女はほっとしたような表情を浮かべた。  普通は、昔の恋人のことを──それも、既にこの世にいない人の話をされたらあまり良い気分にはならないだろう。僕は猛省した。けれど、そんな自分の気持ちとは裏腹に彼女は言葉を続ける。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加