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時計の針がこつこつと響く。天界に休みはない。
より正確に言えば、他の天使たちが夜の見回りという名の遊びに勤しんでいるだけだ。
教会の見回りをしているフリをして、賭博場で遊んでいる。
桟橋にはクズどもの舟がずらっと並んでいて、僕は流されないようにそれを見張っている。
舟の色と同じ色の杭に停めるのがここの決まりだ。
だから、舟の数と杭の数がズレることは絶対ない。
天界の神様方が考えたアナログだけどシンプルなシステムだ。
桟橋には舟の持ち主しか来ないけど、悪意のある奴なんてどこにでもいる。
誰かに舟が盗られたり糸が切られたりしたら、人間界に落ちてしまう。
そうしたら、空から舟が落ちてきたと人間たちは大騒ぎだ。空から落ちた舟の記録は、あっというまに世界中に広がるだろう。
そして、見張りをしている僕が問い詰められる。
僕が仕事をしなかったから、舟が落ちたってことになるんだ。
ああ、なんて理不尽。
けど、天使ってそんなもんだ。
人間が生み出したんだ。
本質的にはそんなに変わらないよ。
天使は綺麗な翼が生えた純粋で清らかな存在として語られるけど、全然そんなことはない。
序列とメンツばかりを気にするどうしようもないクズばかりで、人間のことなんて気にしたこともない。いつも仕事を下っ端に押し付けて、遊びまわっている。
下っ端の天使は死にそうな表情で上司の分まで仕事をして働いている。
死にたくても死ねないから、ここは地獄よりも地獄なのかもしれない。
天使に自殺は許されない。
それは、神が死ぬのと同じことだからだ。
雲の切れ間から時折、人間界が顔をのぞかせる。
夜だというのに、光り輝いていてとても眩しい。
眠るべきはずの夜は煩わしい光で満たされていて、なんだかとても可哀想だ。
死がない僕らと死がある人間、どちらが哀れか。
悪魔にでも聞いたら、答えてくれるかなあ。
最も、悪魔なんているわけがないんだけどね。
「繋ぐ糸の色を教えて」
「ん?」
顔を上げると、十歳くらいの少年がいた。
背後にボロ切れ同然の小舟があって、どう見てもここの住民には見えない。
舟を停める紐は、黒ずんでおり何色か分からなくなっていた。
「これ、停めなきゃいけないんでしょ」
「どこから来たんだい、少年」
「あっち」
少年は東を指さした。
キラキラ光る摩天楼の都市がずっと続いている。
まさか、こんな小さな舟に乗ってここまで来たのだろうか。
「ここにみんないるんでしょ」
「みんな?」
誰のことを言っているんだろう。ここには僕しかいない。
賭博場に連れて行くわけにもいかないし、どうしたものかな。
「先生が言ってた。いいことをして死んだ人は天国に行くんだって」
「じゃあ、キミは何かいいことをしたのかい?」
少年は黙った。
見たところ、10歳くらいか。死ぬにはまだ早すぎる。
「とにかく、みんないるんだろ? 船を停めさせてよ。
糸の色が決まっているんだろ? 教えてよ」
「悪いけど、キミの舟を停められる場所はないんだ。同じ色の糸がないからね」
「じゃあ、どうすればいいの?
ようやく着いたと思ったのに」
少年はうなだれた。
決して乗り心地がいいとはいえない小さな舟を漕いで漕いで、どれだけ時間がかかったのだろう。想像もつかなかった。
「ごめんね、ここを通しちゃいけないんだ。
そういう決まりだから」
「そっか……」
少年はそれだけ言って、飛び降りた。
伸ばした手は空を切る。小さな体は摩天楼の渦へ吸い込まれていった。
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