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2月のこと
よく晴れた日のことだった。
少し錆びついた靴箱の中には、いつも通り自分の上履きが入っている。
〜2月14日放課後〜
「おかしいよ!!」
バタンッと開いた部室の外から突然大きな声が聞こえた。
「ぶ、部長?!…どうされたんです急に…、驚かさないでください。」
「いや、おかしい…うん、おかしいよぉ!!」
「急に騒がないでください!…全く騒がしい人なんだから。今日はどうなされたんですか?」
予想はついていたが、ドアの向こうにいたのは我らが剣道部の部長、「武山 勝則」だった。いつも騒がしい先輩だが、部活での実力は本物で、その太刀筋は他の先輩と比べても頭一つ抜けている。今日はまた何かあったようで、一段と声が大きい。まだ部室には自分以外いなかったので、ある程度の話は聞いてみることにした。
「ないんだよ!なかったんだ!!」
「…なにがです?」
「愛が!」
「"I"?」
「愛だよ愛!!チョコレート!」
あぁ、と言う顔をしてしまった。
理解した。今日は2月14日、バレンタインデーである。もう気にしていなかったので、すっかり忘れてしまっていた。どうやら先輩は自分の下駄箱に本命チョコが入っていない事にショックを受けてしまっているらしい。
しかし、
「でしょうね…」
先輩がチョコを貰えないのも納得がいく。それは昨年度の事件があったからだ。
昨年、先輩はチョコをとある女子生徒から貰った。僕には理解が出来ないが、その女子生徒は密かに先輩に想いを寄せていたようで、やっとの思いでアピールをしたそうだった。先輩も非常に喜んでいて、とても微笑ましかった。
が、
先輩は喜びすぎてしまった。
先輩は様々な人にそのことを自慢し、その女子は1日にして一躍有名人になったのだ。人望だけは無駄にある先輩の事だから、それがあまりに一瞬の出来事だった事は想像に難くない。でも、結果としてそれが原因でその子は先輩に近づくことがあまりできなくなってしまった。それから少し面倒くさいこともあったが、それはそうと、その子とはそれっきりだそうだ。
「は?」
「いえなんでも…。それより先輩、本命チョコなんて普通もらえませんよ?僕なんて義理すら貰ったことないんですから。」
全く、贅沢な話だ。この世に生まれて17年、この日に貰えるものは決まって母からのチョコレートだけだ。
「あーもう!こんな日消えてしまえ!」
この意見にだけは僕も同意したいところだが…
騒がしく駄々をこねる先輩を横目に、僕は道着へと着替えた。
その日の練習はいつに増して激しく、先輩からの猛攻が続いた。
ピピッー!
師範からの合図で僕たちは一列に整列して面を脱いだ。汗が滝のように流れていたので、僕は新しい水分を取りに部室へと向かってた。先輩が僕の後をつけていることには気付いていなかった。
カチャッ…
「なぁ、はじめ…」
道場の扉の前である男が待ち伏せていた。タレには「武山」の刺繍が入っている。
「、、、なんでいるんです先輩?そこどいてもらえますか?」
「お前…、」
ー今チョコ食ってたろ?ー
「…?!い、いや何を、」
「俺は見た!」
「な、何をです?!」
「お前が水をとった後、お前のカバンから何かを取り出して食べているところをだ!」
「そんな言いがかりはよして下さい!つけてたんですか?だ、だいたい証拠は?食べていたのはカレールーかも知れませんよ?」
・・・
「…たしかに、」
先輩がバカで助かった。
「でしょう?ほら、そこをどいてください。」
「…いや、…うん、どかない!!」
「?!?!な、なぜ!」
先輩はこれだとばかりに僕の顔を指さして言い放った。
「お前が幸せそうな顔をしているからだ!!」
な、なんだとぉお!
「そんな無茶苦茶な!」
「なら見せてみろ!お前のそのバックの中身をさぁ!」
ぐぬぬ!まさかここに来てバレるとは思わなかった。実は今朝自分の靴箱の中には自分の上履きと小包に包まれたチョコが入っていたのだ!
言えない。まさか先輩にこの事を?いや、ありえない、自分だけ本命チョコを貰ったなんてバレたら、おそらく一生怨まれる。人生初のチョコなんだ!しかも、もしかしたら彼女までできるかも知れない!隠さなくてはならない。どうしたら良いのか、何か気を紛らわせるものは?
その時、僕の脳裏に一筋の光が見えた。
「…先輩、ゲームをしましょう。」
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