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「なるほど。また一人、この世から存在を消された人物がいたんだね……」
呟きながら老婆は、何度も首を縦に振っている。自分では納得している、という態度だった。
続いて彼女は窓の近くに歩み寄り、外の青空を見上げながら、その『この世から存在を消された人物』に対して、語りかけるのだった。
「あんたには悪いけど、あんたには存在そのものも含めて完全に、消えてもらう必要があったのさ。そうしないと、きちんとあんたを忘れられないからね」
ある人物について誰かが忘れたとしても、別の誰かがまだ覚えていたら、例えば前者と後者の接触などをきっかけにして、忘れた記憶が蘇ってしまうかもしれない。
それを防ぐためには、その人物を覚えているような「別の誰か」が一人もいてはならない。つまり、全ての人間から忘れられる必要があるわけで、そのために対象者の存在自体を抹消させるのが、魔法薬『忘却の雫』の仕組みだった。
老婆が所有する『魔法の鏡』にすら「死者」としてカウントされないような、存在の完全な「抹消」だ。最初からこの世界に生まれてこなかった扱いになるのだから、ある意味では恐ろしい話なのだが……。
そんな『忘却の雫』を「癒しのポーション」という名目で売って回っていても、老婆が罪悪感を覚えることは一切なかった。むしろ「地球の人口増加に歯止めをかけている」と前向きに考えて、清々しい気持ちになるほどだった。
(「今日も地球の人口は知らないうちに減っている」完)
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