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序
ここは常夏のカルハレッド王国。ジャンは20代で、旅をしていた。ある時川を渡らなければならなくなった。川の上には橋がなく、代わりに10歳くらい年上のわたしもり、チャックがいた。ジャンはチャックに小銭を払って船に乗った。
チャックは船を漕いだ。しかし、岸に付く前に、腹が痛いと言い出した。ジャンは気の毒に思い、チャックの代わりに船を漕いでやった。チャックは「ありがとう、ありがとう」と何度も言った。
旅をしていたカウロは20歳になった日、古びたランプを拾った。汚れをこすり落とそうとしたら、中から魔神が出てきた。「カウロ様、私は千年ランプに閉じ込められていました。自由にしていただいたお礼に、あなたに仕えましょう」
その後、カウロは縁あって国王の娘、マゼラ姫と恋仲になる。しかし、国王は平民のカウロなど許してはくれなかった。
「娘が欲しいなら、余の出す難題を乗り越えてみせろ」
カウロは魔神の知恵を借りて、二つの試練を乗り越える事ができた。三つ目の試練として、国王は言った。
「東の地のバラスへ向かい、伝説の金のりんごを取って来て余に献上するがよい」
バラスへ行く道すがら、川を渡らなければならなかった。橋はなく、代わりに20歳くらい年上のわたしもりがいた。
魔神は言った。「いいですか、何があってもわたしもりの頼みを聞かないでください」
わたしもりはジャンと言った。彼は船を漕いでくれたが、反対側の岸に付く前に腹痛を起こした。「頼む、漕ぐのを代わってくれないか」「断る」カウロは言った。
ジャンは渋々漕ぎはじめた。対岸が迫って来ると「ちょっと櫂を持ってくれないか」と言った。カウロはそれも断った。
とうとう対岸についた。ジャンは言った。「トイレに行きたいんだ。船の番をしててくれないか」
カウロは無視して船をおりた。「じゃあな」
カウロが何歩か歩いて振り返ると、ジャンは船の上で泣いていた。
後に魔神は言った。「櫂を持ったが最後、次のわたしもりにされるのです。わたしもりが呪いの船から自由になるには、次の犠牲者を出すしかありません」
カウロはその後、金のりんごを手に入れ、りんごの木の番をしていたグリフォンを手懐け、空路で母国に帰った。そして国王を納得させ、マゼラ姫と結婚することができた。
ロットはDVD再生機を閉じた。
「おれ、やっぱり日本の少年誌系アニメが好きだな」
「それも日本の作品ですよ」
鏡の精で女性従者のヒューゼットが言った。二人共何百歳にもなるが、見た目と精神年齢は20代の人間と同じくらいになる。
ロットはロングヘアの可憐な従者に口を尖らせる。
「アラビアンナイトのパクリじゃないか」
「ええ、日本のフェミニスト監督がブラックジョークとして故意にパクったそうです」
「何のブラックジョーク?」
魔界に住む悪魔ロットはいわゆる日本のアニメオタクだった。趣味で人間界の日本にお邪魔することがよくある。いつも通り、人間の成人男性らしい服装で日本に行くと、ちょうど桜が満開の季節になっていた。ロットは朝10時、若者の街で花見を楽しみながら、物見遊山をしていた。
「お兄さん、かっこいいね!」
若い女性が話しかけてきた。美しい人ではなかったが、凄く服装に凝ったおしゃれさんだった。多分、ゴスロリとかいうファッションだ。
こういう人はコスプレ屋さんと呼ばれ、たいてい自分で服を制作している。アイドルとしては難しいかもしれないが、アーティストとしてスカウトが来る可能性が高い。
彼女は笑った。
「モデルか何かやってるでしょ!」
「ううん。全然?」
「ええっ? そう? 彼女いる?」
「いないなあ」
女性は奇妙な事に猟犬のように食いついてきた。
「年収いくら?」
「ええっ?!」
「どこで働いてるの?」
「えっと……銀行? かな……」
ロットはテキトーに答えた。
「銀行員、凄い! 上にお兄さんいる?」
「ナンデ?!」
「ご両親生きてる?」
「ええっ?」
「どこに住んでる? 家持ってる? 土地持ってる? 墓持ってる? 車持ってる? いつ頃結婚してどんな家庭築きたい? 子供何人欲しい?」
「ひあああ?!」
ロットは逃げ出した。
質問責め女子が血相変えてスマホを振りかざし、追いかけてくる。「待って! メアド交換してぇぇぇぇぇぇ!」
ロットは名前も知らないゴスロリ女子を振り切り、胸を撫で下ろした。「恐かった……」
桜並木からちょっと離れた所に大原家はあった。
「ねえあなた、ちょっとお義父さんの介護かわってよ」
「お前の仕事だろ」
「私、外で働きたいの」
30代の道夫は怒鳴りつけた。
「じゃあ介護は誰がやるんだよ」
「両方です。働きたいのはどっちも同じ」
夫と同世代の洋子は冷静に言い返した。彼女はモラハラ体質の道夫に義父の介護をなすられ、家庭に軟禁されているらしい。外出は道夫の許可制のよう。道夫は言った。
「働きたいなら働きながら介護やれ」
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