第九章:最後の悪夢

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 オメガの稔は30代。見た目に恵まれ、求愛するアルファは過去にたくさんいたが、どうして今の夫になったのか、稔本人もわからない。  結婚後、夫の健二はモラハラアルファに豹変し、稔は義父の介護をなすられていた。  稔が外で働くためにクリアしなければならない条件はどんどん膨大になってゆき、条件と条件が矛盾するようになる。稔は健二の出す条件をクリアできず、結局外で働くことができなかった。  別の日。健二が言った。  「おい、家の模様替えをしろ」  「あなたがやって」  「働かないなら条件があるんだ。家事と介護をやれ」  「模様替えは家事でも介護でもないよ」  「いいからやれ!!」  「あなたの分担は何」  「おれは働いてるんだ」  「働くなら条件があるでしょう」  「うるさい豚! アルファには条件なんかないんだよ!!」  「どうして」  「働いてるからだ」  「働くなら条件があるでしょう」  「つべこべい言わないで、模様替えしろ!!」  どこの国でも同じだが、たいていのアルファはオメガの分担を考え続ける病気にかかっている。  稔は模様替えの最中に、自分より大きな本棚を移動しようとして、最後に過労で気絶してしまう。  健二は洗面所からバケツをとりあげ、台所で作業をしたあと、稔の元に戻った。稔の上でバケツをひっくり返し、大量の氷水を浴びせる。  別の日。  稔は夏のある深夜に家から脱走した。  「待て、この女性器」  後からアルファの健二とベータの家族が追いかけてくる。健二が稔を捕まえて地面にねじ伏せた。  「女性器が介護するしかないんだよ」  「嫌だ!! ただ働きは嫌だ!! もっと差別される!! もっと差別される!! 圭子やまなみたいに差別される!!」  「オメガは風俗以外では24時間働いてもアルファ、ベータより稼げないんだ」  健二の弟で、ベータの幸三が言った。  「産休も取るんだから、おれ達より条件のいい仕事には恵まれないなあ」  家族達に稔は反論した。  「それはオメガのせいじゃない!!」  「現実を見ろよ。お前、一家の大黒柱になれないだろ。家庭内で介護やるとしたらオメガしかいないんだよ!!」  「嫌だぁぁぁぁぁ!!」  稔が泣き叫ぶ。  ロットは魔界で鏡の世界に洋子だけを迎え、並んで座っていた。ロットは魔界の通常着姿。洋子、まな、圭子、里香たちは、ロットによって殺された演出をされたが、事実ではない。  15時、二人で日本男性の悪夢の世界がわかるビジョンを眺めている。洋子の表情はなかった。  「どうだった?」  「別に」  「あなたのための魔法だよ」  ロットは笑いかけた。  洋子は席を立つと、ロットに背中を向けて走り出した。  「ヒューゼット」  「こちらに」  ロットの後ろに従者が現れる。  「彼女を見失わないで」  「はい」  ヒューゼットは洋子を追って走り出した。  しかし、ロットの方が洋子に追いつくのが早かった。ひらりと宙返って、洋子の前に降り立つ。彼女は不敵に薄笑いして立っていた。   「泣いてると思ったでしょ」  「別に?」  ロットはしれっと答えた。  「リアルの映画も観たことだし、次のデートイベントと言ったら、メシか酒だろ?」  「お酒?」  ロットは指を弾いて宙空に現れたボトルを片手でキャッチした。そして、洋子にニヤリと笑ってみせる。  「魔界のザクロ酒。飲んだことないだろ? これを知らないのは不幸ってもんだぜ?」  ヒューゼットの用意したテーブルの前に並んで座り、ロットと洋子は酒盛りを始めた。  「美味しい……」  洋子の反応に、ロットはご機嫌になった。  「いける口だね」  日本の古い企業風習の派手な宴会は老害だ。ロットはやらない。それよりロマンチックな飲み会の方がいい。  洋子は酒をいくらか楽しんだ後、コロコロ笑い始めた。  「あれ? 笑い上戸だったの?」  「あはははは、なんか、楽しーっ」  ロットは笑い返した。  「そうか。まなちゃんのこと、どう思う?」  「だぁいっきらい。あんな子産まなきゃ良かった」  「そうか」  「うふふ、あはははは。産まなきゃ良かったあ〜」  「そうか」  「産まなきゃ良かったあ〜」  「そうか」  男に都合のいいラストなど無いのだ。ロットは洋子を抱きしめ、その額に口づけを落とした。
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