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第22話
ダナン公爵家の茶会で蒔いた芽はすぐに実になった。
今まで中立を保っていた貴族がシグルド支援に加わってきたのだ。
「茶会でのお前の立ち回りはルカから聞いている。よく頑張ってくれたな」
”リリア〜ありがとう!今まで困っていた問題がひとつ解消できたよ”
ある日の夕食の席でそう言って褒めてくれた。
「それでだ。今日からお前と寝室を共にしようと思う。今まで別室だったが支援者は俺たちの世継ぎを望んでいるからな…」
(え…それって、もしかして?)
結婚してそれなりの時間が流れたがシグルドは私に少し触れるだけで体で触れ合うことなど考えもしなかったのだ。
「私の私室は仕事でも使用してるからお前の部屋の方が落ち着くだろう。本日から夜お前の部屋に行く」
”どうしよう!いっちゃった。今日からリリアの部屋で一緒に眠れるなんて夢みたい…眠れるかなあ。ドキドキしちゃう”
(シグルド様も緊張なさってる。それでも勇気を出して提案してくださったんだもの受けないと)
「嬉しいです。夜もシグルド様と一緒にいられるのですね、夜…お待ちしております」
微笑むとシグルドが少し頬を染めていることに気がついた。
(相変わらず真面目なお顔なのに照れていらっしゃる…そのギャップが可愛いわ)
私は内心クスリと笑いシグルドの可愛さを堪能した。
「おめでとうございます。また一歩前進ですわね」
一緒にお茶を楽しんでいたカタリナがそういうと奥義をヒラヒラをはためかせて優雅にくすくす笑う。
「ええ。ここまで長かったですけどようやく一歩進めました。これで少しは夫婦らしくなれたらいいのですが」
「ふふ。まだまだ淡い関係ですのね。ではわたくしから何か進言するのは無粋というもの。お二人はまだ無垢でいらっしゃる。わたくしはそのことも好ましく思っていてよ」
「無垢…ですか?そんなこと言われたのは初めてです。でも本当に嬉しくて、誰かと一緒に眠ったのはお兄様が夜を怖がる私を心配して一緒に添い寝してくださった以来だからちょっと緊張しますね。お兄様のように腕枕をしてくださるのかしら」
浮かれてそんなことをするとカタリナ様がクスクス笑う。
(何かおかしなことを言ったかしら?)
「これはお二人共先に進むのが大変そうですわね。わたくしからのアドバイスとして…腕枕はしていただいた方がよろしいかと思いますわ。いくら同じベットで寝ても触れ合いがなければ夫婦とは言えませんことよ」
クスクス笑うカタリナを尻目に私はシグルド様にお願いしてみようと思った。
その晩、食事と湯浴みを済ませた私は本を読みながらシグルドがやってくるのを待っていた。
白いレースのついたネグリジェにいつもは高く結っている髪をさらりと下ろして化粧もしていない姿でシグルドに会うのは少し緊張するが、本当の姿で会えることが嬉しくもあった。
「シグルド様まだかしら…」
執務が滞っているのか、なかなか扉がノックされることがなかった。
(ちょっと覗いてみようかしら)
私がそう思って部屋の扉を開くと、なんとそこにはシグルドが立って固まっていた。
「シグルド様!?そんなところでどうして?ああ、体が冷えていらっしゃるわ。中にお入りください」
そう言って私は慌ててシグルドを部屋の中に引き入れた。
ベルでチェルシーを呼ぶと温かい紅茶と何か軽くつまめる甘いものを用意するよう頼み。2人掛けのソファに並んで座った。
「シグルド様いつからあそこにいらしたんですか?」
「30分ほど…自分で言い出したことなのになかなか決心がつかなくてな…情けない男と笑ってもいいんだぞ。意気地のない男で申し訳ない」
しゅんと沈んだシグルドが可愛くて私はくすくす笑った。
「そんなこと思いませんわ。だって今日は初めての経験だったんですもの。私がシグルド様のお部屋を訪ねる側だったらきっと同じ行動をとってしまっていたと思います。それより、シグルド様の手…すっかり冷え切ってしまって」
私はシグルドの手を両手で包み込んで少しでも熱を取り戻すように優しく握った。
「リリア…君はどこまでも優しい人だな。そんなところが好ましいと思うが…ああ。可愛いと思っているんだ。お前のことが」
(え?今可愛いって…そう言ったの?)
シグルドの大胆な発言にリリアは固まった。
今まで好ましいと控えめに好意を示してくれていたが、はっきりと可愛いと言ってもらったのは初めてだった。しかも思考の中ではなく自らの口で…。
「私もシグルド様のことがかっこいいといつも思っているのですよ。公務の時の凛々しいシグルド様も2人だけの時の柔らかいシグルド様もどちらも愛しております」
「リリア…お前はこんな私を愛してくれるのか?ああ…愛しているのは私だけだと思っていたから嬉しいよ…リリア…」
急に顔が近づいてきてシグルドはリリアに触れるだけの甘く優しい口付けをした。一度めはそっと触れ、2度目は唇を甘噛みし、3度目は隙間のないくらいしっかりと触れ合って。
「シグルド様…」
リリアは初めての口付けがシグルドであること、そして優しい口付けであったことが嬉しかった。
「シグルド様…愛しています」
そっとシグルドにしなだれかかるとシグルドはふわりと優しく包むように抱きしめてくれたトクトクと早い鼓動がシグルドの胸の中から聞こえてくる。
(シグルド様も緊張されているのね)
その音が心地よく、私はシグルドに身を委ねて2人抱きしめあった。
その時だ。トントンと控えめに扉が叩かれ、声が聞こえてきた。
「リリア様、紅茶をお持ちしました」
2人の世界に入っていたからすっかり忘れていたが先ほど紅茶をお願いしていたのだ。
にぎる手は温かくてそれはもう必要なかったけれど、せっかく用意してもらったものだ。リリアは名残惜しくシグルドから身を離すとチェルシーに言った。
「中に入って」
「失礼致します」
チェルシーは手際良くお茶の準備を整えると後ろに控えた。
「シグルド様、こちらのクッキーは甘さが控えめでとても美味しいんですよ。よかったら召し上がってください」
「ああ」
”リリアは優しいなあ。本当は甘いもの好きなのにイメージで甘いもの食べないでしょ?って思われてるからなかなか甘いもの食べられないんだよね”
「あ!こっちのマフィンも!チョコチップとナッツが入ってて美味しいです一口いかがですか?」
”美味しそう…それにリリアと間接キス…”
先ほど本当のキスをしたのにシグルドはまだそんな可愛いことを考えているのだ。
(可愛いわ。シグルド様。大好き)
リリアはシグルドの一挙手一投足全てが愛おしくて胸が苦しくなった。
「お茶はもういい。下がれ、休むぞ」
甘いものに満足したのかシグルドが冷たく言い放つとチェルシーはそっと頭を下げて茶器などが乗ったカートを押して下がっていった。
「さあ、ベッドへ」
シグルドが手を差し伸べるので私はその手を取って2人でベットに潜り込んだ。
「安心して眠るといい。私はリリアの心が定まるまで手は出さないと決めているからな。おいで、もっとくっついて」
シグルドは私を腕枕して胸の中に包み込んだ。
トクトクとまたシグルドの心臓の音が聞こえる。
「シグルド様、なんだかお兄様に寝かしつけていただいた頃のようで嬉しいです」
「お兄様か…」
シグルドは少し寂しそうにそういうとぎゅっと私を抱きしめる。
「口付けていいか?リリアの可愛い唇を味わいたいんだ」
奥手なシグルドにしては大胆な申し出にリリアは驚いたが、嫌ではなく、むしろ嬉しかったのでそっと目を閉じてシグルドに顔を向けた。
「ふふ。可愛いな…俺だけのリリア」
甘く優しい唇が私の唇に触れる。ああ。この時間が永遠に続けばいいのにと思ってしまったが、唇は離れていってしまった。
「リリア…愛しいリリア…早く私だけのものにしたい」
「ふふ。シグルド様、私はもうすでにあなただけのものですよ」
くすくすと笑うとシグルドは少し困った顔をした。
「そういう意味では…いや、いい。君は本当に私を翻弄するのが得意だね。愛してるよ。今日はもうお休み。いい夢を」
そう言ってシグルドは目を閉じた。
私もシグルドに身を寄せて胸に耳を当てて心臓の音を聞きながら眠りについた。
翌朝、シグルドは早朝に身支度を整えると仕事に向かってしまった。
「私も支度をしてお見送りを…」
「リリア、君はまだ寝ていなさい。まだ早朝だ。無理をすることはない。君の召使いもまだ眠っているのではないか?上にたつ者は付き従ってくれる者のことも考えなくてはならないよ。いいね?」
確かにいつもよりも2時間も早くチェルシーを呼び起こすことは気が引けた
(シグルド様はすごいわ。自分の都合ではなく使えてくれる者のことまで考えられるなんて、私はまだまだね。もっと上に立つ人間として色々なことを考えられるようにならないと)
私はもう一度ベットに潜り込む。隣は誰もいないけれど、シグルドの温もりだけが残っていた。
(ここにシグルド様がいた…それが幸せ)
私は目を閉じてまた眠りについた。
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