第2話

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第2話

「急いで、でも丁寧に!」                                                                                          「これはどちらに運びます?」                                                                                           「また新しいお品が届きました。広間に運びます」                                                                   昨日は婚姻の話を終えた後、アルベルトとアルルを残して庭園を散歩したり本を読んだりして気持ちを上向かそうと努力していたが、日が暮れると悲しみに襲われて、泣き疲れて眠ってしまったリリアは、部屋の外の騒々しさに気づいて、いつもより早く目覚めた。                                                                 隣で眠る愛猫のローズはまだすやすやと気持ちよさそうに眠っている。                                                              リリアはその滑らかな白い毛なみの背中をそっと撫でた。                                                                        「ローズ、報告し忘れていたけど、私シグルド殿下と婚姻が決まったの。王宮に貴方を連れて行けたらいいのだけど・・・。」 そう語りかけながら部屋の外から聞こえてくる騒がしい音に耳を傾けていたが、どういう状況なのか気になって、もうベットに戻って寝直す気にはなれなかった。                                                                     リリアは寝台横のチェストに置いてあるベルを鳴らすと、すかさず専属メイドのチェルシーが部屋に入ってきた。 「おはようチェルシー。今朝は随分騒がしいわね、お父様の急ぎの仕事でも入ったの?」 チェルシーは柔らかい茶色の髪と瞳の優しく美しい女性だった。                                                  リリアが幼少の頃から専属のメイドとして甲斐甲斐しく仕えてくれている。                                  「お嬢様!何を呑気なことをおっしゃっているのですか!?さあお早く支度いたしましょう」                                                                                   チェルシーは普段は穏やかで主人思いな優秀なメイド。                                                                      そんな彼女が興奮して喋る姿を見るのが新鮮で、リリアは驚きながらもされるがままに朝の身支度を整えた。                                                                           「さあお嬢様、参りましょう」 出かける予定もないのにリリアに念入りにメイクをして簡素なドレスを着付けてから、チェルシーは行き先も告げずにリリアの手を引き歩き出した。                                                     廊下ですれ違うメイド達は皆嬉しそうにリリアのことを見つめ                 「おめでとうございます、お嬢様」                               と口々に祝いの言葉を告げるのだった。                                                                                                (昨日の婚姻の話のことね、もう皆に伝わってしまっているなんて少し気恥ずかしいわ)                                                                                                                                         リリアはそんなことを思いながらチェルシーに手をひかれて、屋敷で一番大きな広間へ足を踏み入れた。                                                                                  扉を開いた瞬間、目の前にはお花畑のような色彩鮮やかなドレスや装飾品が所狭しと並べられていた。                                                                                 「チェルシー!!これは一体どう言うこと?お誕生日でもこんなことにはならないわ。まるでお花畑にいるみたい!」   あまりの光景に軽く眩暈をおこしそうになりながら、うわずった声でチェルシーに驚きを告げると                               「これは全てお嬢様の婚儀のためのお品です。昨日旦那様が婚姻に応じる旨の書簡をシグルド殿下にお出ししたのですが、早朝からこんなに沢山の贈り物がシグルド殿下から届いたのです。」                                                                                                                           それを聞いたリリアは頬を紅潮させながら戸惑ってしまった。 (昨日の今日よ?それもこんなに沢山・・・まるで準備をしていたみたい。いえ、やはりシグルド様はカタリナ様に愛想をつかされて、カタリナ様に贈る予定だったものを私に贈ってきたのかしら?そう考えれば全て納得だわ)                                                      リリアはそう思い当たると何故だか少し悲しくなり、美しい花畑に見えていた目の前のドレスや宝石がくすんで見えた。                                                リリアは手近にあったドレスを手に取ると少し気になる点があった。                                                                                (あら?でもこのドレスのサイズ・・・私にピッタリ。カタリナ様も同じサイズなのかしら。もしかして私の背格好がカタリナ様に似ているからシグルド様も私を選んだのかしら)                                                                                    そう思うとますます気落ちして、チェルシーが楽しげに見せてくれるドレスや宝石をぼんやりと見つめた。                                                  「お嬢様、こちらのドレスはいかがでしょうか。お嬢様のお好きな一重咲きのブルーローズの刺繍がとても美しいですし、薄水色の生地が美しい白肌に生えてきっとお似合いですよ」         チェルシーに勧められて試しに着替えたドレスは、サイズだけでなく肌に馴染む色や柄で、まるで最初からリリアのためにしつらえられたようだった。                                                                   「なんて美しいんだ!僕は兄として花が高いよ」                                                                「こんなに美しい娘をもてて父は嬉しいよ、さあ、もっと色々な姿を見せておくれ」 沈むリリアとは逆に、はしゃぎながら応接室に入ってきたアルベルトとアルルは、次々に自分好みのドレスや装飾品を勧めてきて、拒む気力がないリリアは言われるがままに試着をしていった。                                                                                          淡いピンクに宝石の淡い色の宝石が縫い付けられたドレスや、オーロランジェ王国だけで精製できる虹色の宝石を使ったイヤリングとネックレス。その他にも豪勢な品々を変わるがわる身につけていった。                                                他人に贈られる予定だったものを身に纏うのは、正直とても屈辱的だったが、皆の笑顔を見ていると少しだけ沈んだ気持ちが上向いてきた。                                                                                                                    (私も割り切って楽しむべきね、二人に心配をかけたくないし、あんなに喜んでくれているのだから)                                                                                               「今まで着たドレスはどれも素晴らしいけれど、父はやはりあのドレスを着て欲しいな」 アルベルトはそういうと部屋の中央に鎮座して一際輝く美しい純白のドレスを指差した 「確かに !あれはきっとリリアに良く似合うと思うよ。僕も見てみたいな」 アルルも笑顔でリリアにねだってきた。                                            皆にせがまれて部屋の中央で一際輝く白いウエディングドレスを渋々身に纏うと、チェルシーが美しいレースのベールを被せていくれた。                                                                                      (このウエディングドレスもカタリナ様のもの。幼い頃から憧れていたウエディングドレスが他人のお下がりだなんて滑稽だわ)                                                           そう考えるととても惨めで、ベールのお陰で滲んだ涙を誰にも見られずに済んだことにリリアは安堵していた。                                                                            そんな騒ぎの中、屋敷の玄関に立派な一台の馬車が止まり、高身長で燃えるように赤い髪と瞳で目つきの鋭い顔立ちの整った男性と、滑らかな黒髪と涼やかな黒い瞳で眼鏡をかけている知的な男性が降り立った。                                                    二人は騒がしい屋敷に立ち入るとツカツカと大広間に向かって行った。  
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