四 ハラスメント再調査

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四 ハラスメント再調査

 さらに一週間後。原田伸子がカウンセリングルームを訪れた。小田亮は原田伸子をソファーに座らせた。原田伸子の表情は暗い。 「どうしました?」 「先日、社内の出来事を説明しましたが、その後、社内で変化がありました。  ハラスメント加害者の発覚と、会社がそれら加害者を告訴した事で、会社のハラスメント被害は公になりました。上層部は、会社の社会的信用を回復するために、『ハラスメント被害再調査委員会』を作って被害の再調査を始めました。加害者全員を処分する気です」  原田伸子は次のように説明した。  上層部は、元女係長と元課長と元女係長の取巻きでハラスメントをしていた社員の告訴や、元女係長と元課長の左遷だけでは、元女係長の取巻きでハラスメントをしていた社員の社内処分が徹底しないと判断した。しかし平社員は降格しようがない。減俸して辞職されるのでは社会的制裁にはならない。上層部は、会社の社会的信用を回復するため、ハラスメントを行なっていた社員全員を懲戒解雇するため、部長職以上の管理職から成る『ハラスメント被害再調査委員会』が再調査を行なった。 「ですが、これを聞いてください!調査委員はハラスメントを理解してません!」  原田伸子はボイスレコーダーを取り出してテーブルに置き、録音を再生しながら、状況を解説した。ハラスメント調査だと言って原田伸子と話す、事業部長の声がカウンセリングルームに響いた。ボイスレコーダーの再生が、事業部長と原田伸子の質疑応答の後半になると、事業部長は原田伸子の精神状態を逆撫でする発言をした。 「そんなに嫌がらせされたら、精神がまいってしまうね?」 「はい。まいります・・・」  原田伸子の返答に、事業部長は、 「気晴らしに何かしてますか?」  意図的なのか、ハラスメント被害とは異なる意図の質問をした。 「いいえ。何もしてません」  原田伸子は、小田亮の忠告、 『クライアントと私との間で交わされた会話も記録も、全て守秘義務がありますから秘密は厳守します。あなたも私がこれから話す事を秘密厳守してください』  を守って、このカウンセリングルームでカウンセリングを受けている事を事業部長に話さずにいた。 「気晴らしに出かけるのはどうですか?  なんなら、今度ドライブに行きませんか?  おいしいパスタの店があるんですよ」 「・・・・」  事業部長の誘いに原田伸子は言葉が無い。 『何よ!こいつ!不快な感情を喚起する言動は全てハラスメントなんだ!こいつ、ハラスメントの意味をわかってない!ハラスメント被害再調査委員会が聞いて呆れる!』   原田伸子はそう思ったが、気まずい時間を避けるため、 「奥様を連れてってあげてください。自分の車があるから、気晴らしは自分でできます」  と言った。原田伸子の言葉で下心を見抜かれたと気づいたらしく、 「いや、誤解しないでくれ。ハラスメント被害者全員に話してるんだ・・・」  と弁解している。言い訳は通用しない。 「では、質疑応答はこれで終りにしていいですね?」と原田伸子。 「ああ、もちろんだ。うまいパスタなんだが・・・」  事業部長はなおも言い訳している。 「質疑応答の録音を委員会に出すですね?」 「ウウッ、まあ、それなりに・・・」  事業部長は言い渋っている。原田伸子は会議テーブルの椅子から立ち上がって、ポケットからボイスレコーダーを取り出し、録音をオフにした。  ギョッと顔を強ばらせる事業部長を無視したまま、原田伸子は質疑応答がなされた会議室から退室した。事業部長の隣にいる常務取締役は事業部長の質疑に顔をしかめたままだった。 「ハラスメント被害再調査委員会の調査委員がこれでは、あなたが考えるように、調査委員はハラスメントを理解してませんね。  さてどう対応しましょか?」  事業部長はともかく、名も知れぬ平社員をどう扱えばよいか見当もつかない・・・。小田亮は考えこんだ。 「あの女係長のようにできませんか?事業部長も他のハラスメント加害者も」  原田伸子の目が輝いている。 「事業部長はなんとかなりますが、加害者の平社員を特定しないと対処できませんよ」 「いえ、加害者名はわかります。ここに書いてきました」  原田伸子はバッグからレポート用紙を取り出してテーブルに置いた。 「ハラスメント加害者の名簿です。この十一名は、あの女係長の取り巻きで手下でした。今も、新人を虐めて喜んでいます」  原田伸子は用紙の名簿にある十一名の名を見つめた。原田伸子から、十一名を叩きのめしたい気持ちがひしひしと伝わってくる。 「わかりました。なんとかしましょう。前回同様、ここでの話は内密ですよ」  小田亮は原田伸子を見つめた。 「はい。互いに守秘義務がありますね!」  原田伸子がレポート用紙の名簿から小田亮に視線を移した。顔に笑みが表れている。
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