18 キャスリア祭

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18 キャスリア祭

 忙しい毎日を送っているうちに、あっという間に週末のキャスリア祭当日を迎えた。  ――結局、何の手がかりも得られないまま今日を迎えちゃった……。 「おはよう、ギル」 「おはよう」  いつもの朝食の席。ギルフォードが席に着いて、食事をはじめる。 「ねえ、ギル。今日のことなんだけど……」 「セバス。食事が終わったらすぐに出る。戻るのは夜になる」 「かしこまりました」 「どこに出かけるの?」 「お前には関係ない」 「関係なくは……」 「魔法の効果だったら心配しなくていい。今週は一度も問題なかったからな」  もしかしたら魅了魔法の効果が少しずつ弱まっているのかもしれない。  ――完全に効果が消えたら……。  この生活が終わりを迎えてしまう。  魅了魔法の効果が消えることは喜ばしいはずなのに、ジュリアはそれを残念に思う自分に気付いて動揺してしまう。 「それに今日は公務だ」 「そうなんだ……。分かった」  食事を終えたギルフォードはさっさと屋敷を出て行く。 「ジュリア様は本日のご予定は?」 「特に何も。今週は仕事がたてこんでいたから、ゆっくり休むわ」 「キャスリア祭には?」 「私とは最も縁遠いお祭りよ。行かないわ」  本当は父親から見合い話があったのだが、忙しすぎてそれどころではないと断った。  ゼリス家の婿をいい加減に決めなければいけないと理解はしているものの、ここ最近、そういう意欲が以前に比べるとかなり減っている自覚もあった。  ――これじゃあ、いけないのは分かっているんだけど。  ◇◇◇  その日の午後、クリシィール屋敷に来客があった。  ギルフォードに、ではなく、ジュリアに。 「パメラ!?」  今はジュリアの部屋になっている客間へ現れた親友の姿に、ベッドに横になっていたジュリアは驚いてしまう。 「本当にあの将軍と一緒に住んでいるのね」 「こ、これは」 「公務の一環、なんでしょ。でもどうして将軍の屋敷に居候することが公務なの?」 「……陸軍と魔導士部隊との連携強化の特別案を今、二人で作ってて……それが出来上がるまでっていうことで」 こんな大事なこと教えてくれれば良かったのに」 「そうだね。でも言いにくくて」 「将軍には何もされてない? 大丈夫?」 「何の問題もないわ。あのギルが私に関心を持つはずがないでしょ」 「そうよね。人間的な感情があるかどうかも怪しいし」  パメラのストレートな言葉に、ジュリアは苦笑いしてしまう。 「失礼いたします」  セバスがティーセットと、お茶請けのクッキーを運んできてくれる。 「あら、お気遣いなく。単に話をしに来ただけですので」 「いいえ。ジュリア様への来客は、クリシィールのお客様も同然でございますので」  ティーセットにクッキー、ミルクやレモンの輪切りなどを置く。 「ではごゆっくり」 「ありがとう、セバス」  セバスはうやうやしく頭を下げて出ていった。 「それでジュリア、今日の予定は?」 「今日は一日休もうかなって」 「今日はキャスリア祭よ!? それに、こうして無事にキャスリア祭を開けてるのは、ぜんぶジュリアたちが公国の連中を倒してくれたからなんだよ!? なのに休んで過ごすなんて、私のお陰で祭りを楽しめるんだ、感謝しろ、って大声をあげながら通りを練り歩いたっていいくらいなのに……」 「軍人として当然のことをしたまでだし、そんなことをしたらとんだ変人じゃない」 「もったいないよ。ギルフォードでさえデートするっていうのに」  思わぬ一言に、ジュリアは大袈裟にむせてしまう。 「大丈夫!?」  差し出されたハンカチで口を拭う。 「あ、ありがとう。これ洗って返すから」 「ううん、気にしなくていいんだけど気管に入った?」 「それより、ギルのこと。デートって」 「聞いてないの? ローズヒン男爵家の令嬢ユピノアよ」 「ローズヒン……?」 「歴史は浅いけど、優れた魔導士を排出してるとかで有名みたいよ」  だから今朝は珍しく家を出て行ったのか。  でも魅了魔法にかかっていながらどうしてジュリアに何も言ってくれなかったのだろう。  ――デートに私がついていくってさすがにおかしいよね。デートってことは恋人よね。仮に魅了魔法で感情の歯止めが利かなくなってもそれはそれで恋人同士だから問題なしっていう判断なのかな……。  そのことを考えるだけで、まるで石でも呑み込んだみたいに息苦しくなってしまう。 「ジュリア? 大丈夫?」 「あ、うん、平気。でもどうしてパメラがそんなことを知ってるの?」 「私がっていうより、友だちが教えてくれたの。あの誰に言い寄られても靡かないギルフォードが女連れで歩いてるって。私も急いで確認してたら本当で」  たしかギルフォードはここ最近、仕事で忙しいと一緒に帰ることがなかった。  まさかデートだったなんて。  ――公務だなんて誤魔化さずに、はっきり言ってくれれば良かったのに。  こんな形で知るより、本人の口から聞きたかった。  つまり、ギルフォードの片思いの相手というのはユピノアだった、ということか。  ユピノアとはどんな子なんだろう。  その子の前でギルはどんな顔をするんだろう。  考えたくもないのに、そんなことが頭を過ぎる。 「でね、食事だけじゃなくて、エスコートまでしっかりしてたの。あの将軍が、よ!? 皇太子殿下の誕生日の時に、ジュリアのことをエスコートしてたのもかなりびっくりしたけどさぁ」 「素敵な人なの?」 「ん?」 「ユピノアっていう人」 「そうね。まあ童顔で清楚って感じかな。私はジュリアみたいにイケメンが好きだけどね!」  胸の奥で芽生えるモヤモヤは消えずに苦しいような気がするけど、それでも、幼馴染として、ギルフォードが想いを遂げられたことは喜ぶべきだ。 「でもはずれたかぁ」 「なにが外れたの?」 「将軍ってジュリアが好きなんじゃないかって考えたこともあったから」 「な、なんで!?」  それは絶対にありえない。ずっとジュリアはギルフォードから嫌われてきたのだ。  魅了魔法のことがなければ今もまだ、二人の間には溝が出来たまま(今もそれが解消されたわけではないだろうが)、こんなにも言葉を交わすことなどありえなかっただろう。 「お兄様が教えてくれたの。士官学校、ギルフォードがジュリアを侮辱する連中に容赦なく裏で痛めつけてたって。半殺しで、お兄様が止めなかったら殺してたのかもしれないって、半泣きで話してくれたもん」 「……知らなかった」  たしかに最初は脳筋だのなんだのと同級生たちから言われていたが、気付くと何も言われなくなった。あの時は、ジュリアが無視を決め込んだから飽きただけだとばっかり思っていた。 「でもそれがどうして私が好きとかそういう話になるの?」 「だって、あの将軍が一体何のためにそんなことをするの・ 愛のため以外の理由なんてないよ!」 「お、幼馴染だから、とか?」 「ただの幼馴染のためだけに、そこまでする? 幼馴染なんて別に一人、二人しかいないわけじゃないでしょ。幼馴染全員のためにそんなことする?」 「それは……」 「お兄様が止めてようやく半殺しで済んでるんだよ? 万が一のことがあったら自分の人生が潰れるんだよ? それに、あの頃はジュリアと将軍すっかり疎遠になったって言ってたじゃない。本当に嫌ってる相手のために自分の人生を賭けてまで何かをするとは思えないんだよね」  ジュリアは何と言っていいか分からず黙ってしまう。 「それにこの間のダンスも、すごく情熱的だったし」 「あれは……違うから」 「何が違うの?」 「私への好意とは無縁だってこと。ただのダンスなんだからさ。はい、この話題はもうおしまい」 「それじゃ本題。せっかくのお祭りなんだから、ジュリアも一緒に楽しもうよ。休みなんて言ってないでさ。一年に一度の愛の祭典なんだよぉ?」  パメラは猫なで声を出す。  これはきっとジュリアが首を縦に振るまで諦めないだろう。 「せっかく来てくれたんだから行くわ」 「やった! 決まりね! じゃあ、この間のドレスを着て……」 「着ない。だいたいあのドレスは夜会用なの。いつも通り、軍服で――」 「いいわけないでしょ!? お祭りに軍服ってさすがにありえない! ぜんぜん楽しくない! 恋の祭典だよ!? 軍事パレードじゃないんだよ!? そんなんでロマンス小説みたいな愛を手に入れられるとでも思う? さすがの運命神様も呆れちゃうから!」 「……でも軍服以外なんて」  その時、扉が勢い良く開かれた。 「お話、聞かさせてもらいました!」 「セバス!?」  驚きのあまり、声が上擦った。 「僭越でございますが、お話を偶然、耳にしてしまいました。お祭りに行かれるためのドレスならば、ございますっ!」 「本当ですか、執事さん!」  パメラもノリノリ。 「少々、お待ち下さい」  しばらくしてキャスター付きのハンガーラックをセバスが運んでくる。  ラックには様々な色やデザインのドレスが下がっていた。 「素敵! これだったらお祭りに十分着て行けるわ。あの執事さん」 「セバスと、お呼びくださいませ」 「それじゃ、セバスさん、こちらの素敵なドレス、一体どうされたんですか」 「こちらはたまたまあったものでございます」 「た、たまたま?」  ジュリアはぽかんとした顔で呟く。セバスは「そうでございます。たまたま、でございます」と大きく頷いた。女性もいないこの屋敷でこれだけのドレスがなぜたまたまあるのだろうか。 「セバス、さすがにたまたまあったドレスじゃあ、サイズ的に無理なんじゃ」  パメラはドレスを一着手に取ると、ジュリアの体にあてがってみる。 「ためしに着てみたら? 着られなかったら諦めればいいけど、なんだか、着られそうな気がする」 「え、ほ、本当? でもギルの許可もないのに……」 「ジュリア様、問題ございません。お坊ちゃまがあとで文句を仰せになった際は、セバスから無理に押しつけられたと言って頂ければ」 「さすがにそんなことはしないけど」 「とりあえず、着てみて。私たちは外で待ってるから」  青いドレスを押しつけられた。ウェスト部分が絞られ、スカートにはゆるいプリーツ。 胸元に大輪の花を思わせる飾りがつけられている。 「ちょ、ちょっと」  パメラたちが外に出てしまったから、着ないわけにもいかないだろう。 「私、そこらへんの女子みたいに可愛らしいサイズじゃないんだけど」  しかし実際、着てみてびっくりした。  ウェストや腕周りが少しドレスのほうが大きめではあるけれど、おおむね、ぴったりだったのだ。ジュリアの体格はかなり特殊にもかかわらず。  たまたま屋敷にあったドレスのサイズが、偶然にもほぼぴったりなんてことがありうるのだろうか。  ――いやいや、さすがにありえないでしょ! 「ジュリア、どー? 着られたー?」 「あ、う、うん。一応着てみたんだけどどう……?」  部屋に入ってくるなり、パメラがぱっと表情を輝かせた。 「素敵! いいじゃない! セバスさん、どう?」 「大変お似合いかと」  セバスはにこりと頬を緩めて太鼓判を押してくれる。 「そ、そうかな」  くるりと一回転してみる。  たしかに袖やスカートのすそにあしらわれたレース飾りが、今の季節ではとても涼しげだ。それに軍服と違って軽やか。 「バッチリ。あとは軽くお化粧すればいつでも街に繰り出せるわ。きっと色んな人たちからモテて大変だと思う。セバスさん、お化粧道具、借りられる?」 「すぐに持って参ります」  宣言通り、すぐに持って来てくれた。 「どんどん話を先に進めてるけど、私の意思は?」 「残念ながら、クレームは一切受け付けません」  パメラは首を横に振った。 「この間の黒いドレス、とっても素敵だったし、あれからどれだけの男の人たちがジュリアのことを噂してたか知らないでしょ。あんな綺麗だなんて信じられない、まるでモデルのようだとか」  馴れない褒め言葉に、頬が熱を持ってしまう。 「も、物珍しいだけよ」 「たとえそうだったとしても、あの瞬間、会場の人たちの心を鷲掴みにするのは相当だと思うけど? どれだけあの場の男どもが綺麗な女性を見馴れてると思ってる? さ、そこに座って。お化粧をするから」 「……う、うん」  パメラはぱぱっと化粧を済ませてしまう。 「どう?」 「すごい。パメラ、お化粧が上手なのね」 「ジュリアの素材がいいからよ」 「はいはい」 「も~。そういうところ、よくないよ」 「そういうところ?」 「自己評価が低すぎるところ。どこにだしたって恥ずかしくない美人で英雄! その気になればどんな男だっていちころなんだから!」  パメラの言葉に苦笑いしつつ、「ごめん」と謝る。 「じゃ、お祭りに行こっ」 「そうね」 「いってらっしゃいませ、ジュリア様」 「いってきます」
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