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 彼女とは家が比較的近いので、帰る方向が一緒であった。多分、もう会えなくなるだろう、そう思った私は、せめて挨拶だけしようと思い、先を歩いて行く赤木さんに転ばないように気をつけながら小走りで追いかけて、声を掛けた。このとき青森ではまだ雪がちらつく天気であり、路上には雪が積もっていたのだった。  このとき私は、彼女と歩きながら世間話をして、家に着く際に卒業をお祝いを述べてお別れするつもりであった。しかし事態は思わぬ方向へ転がった。私は彼女に近所の神社へと連れて行かれたのである。  神社の境内には大戦を生き残り大きく育った杉の木が植わっていた。小さな社殿の上にも枝葉を伸ばし、まるで社を守っているようであった。  その社殿の階段に腰掛けて、彼女は身の上を教えてくれた。赤木さんは、卒業すると、地元の名士の家に嫁ぐことが決まっていたのであった。既に決められた未来に、彼女が何を思っていたのかははっきりとはわからない。漠然とした不安があったことだけは確かだろう。  その不安を払拭するためなのかは不明だが、彼女は私の手を取った。そして唇を私の唇に重ねてきたのである。  私はそんなことをするつもりは全くなかった。それにそんな経験、全くなかった。とはいえ、彼女に対するほのかな憧れの情があったのも確かであった。彼女のその行為を、私は受け入れた。  お互いに、何をどうしたらいいというような知識は、今の若い人たちとは違い、なかった。せいぜい学校の性教育の授業を受けた程度であった。だからきっとそれはとても稚拙であったと今は思う。多分本能的などうしたらいいか、遺伝子レベルでは知っていたのかもしれない。そうして私は無我夢中で彼女を受け入れ、彼女も私を受け入れた。  社殿の階段からその中へと移動して最後まで事を終えると、互いに肌を触れあっているときには気づかなかった寒さを感じ、私たちはすぐに服を着た。  神社を出て、それぞれの家へ別れるときに、彼女は涙をこぼしながらありがとうと言った。そして彼女は言った。 「人生はままならないものよ。でもいつかきっと、なんとかすることができる日がくる。それまで辛抱して時を待つの」  彼女の置かれた境遇は彼女にとって受け入れがたいものであったのだと、今はわかる。しかし当時の私は、それがどういう意味をもつのか、ピンとこなかった。  歳を取るとともに、その言葉がはっきりと理解できたのは、働き始めて以降のことであった。特に大きな事件に遭遇するたびに思い出すことになったのである。 江島優次郞 極皇商事元社長
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