あなたがいればそれでいい

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「一緒に魔法科に行こう!」  そう言っていた友達には魔法の適正がなかった。こればかりはもう先天的なもので、努力でどうなるものじゃない。当の本人は、最初こそだいぶ落ち込んでいたけれど、それでもいざ陰陽科に進学したら「けっこう楽しい」と満喫しているようだった。  なかなか友達ができなかった私と違い、ゴールデンウィークも明ける頃には陰陽科の子ともよく遊びに行くようになった。  もともと社交的な子だ。クラスが離れればそうなることもわかっていたのだけれど。  席に着くのと本鈴が鳴るのはほぼ同時だった。相変わらず教室はざわつきつつも、教師が出席を取り始めると次第に静かになる。  教科書を準備しながら自分が呼ばれるのを待っていたが、前の人が返事をしたかと思うと飛んで後ろの人の名前が呼ばれた。 「はい。――先生、××さん飛ばしてます」 「え? あ、本当だ。悪い、××。出席は……してるな」 「はい」  あれ、と首を傾げる教師は、しかし出席のチェックを入れると再び名前を呼び始めた。  ――陰陽科では、噂話になってるんだ。  教科書とノートを広げて、シャーペンをカチカチと鳴らす。残り少なくなっていた芯がぽろりと先端から落ちてきて、そのまま机を跳ねて床に落ちていった。  友達が言っていた話。魔法科にはとても影の薄い生徒がいる。  多分、よほどのことがない限り、それは私のことを指しているのだろう。現に今だって、出欠名簿があるにもかかわらず名前を飛ばされた。  それでも、後ろの人が気付いたように、別にみんな私のことを認識していないわけじゃない。教師だってそうだ。名簿を見ればすぐに思い出して訂正する。  グループ活動だって、省かれたことは一度もない。毎期の成績表だってちゃんと出ているし、クラス行事の写真にもちゃんと写っている。  ただ、忘れられてしまう。  友達にも言った通り、魔法科で「影の薄い生徒がいる」なんて話題になったことはない。影が薄いから認知もされていないのだ。  とはいえ、それで困ったことは一度もない。友達はもともと少ない方だし、授業受けるだけならいてもいなくても関係ない。  そう、いてもいなくても関係ないのだ。  かちり、ともう一回、シャーペンをノックした。  何がきっかけだったのかは、覚えていない。  それでも、何かきっかけはあったのだろう。  それはとても小さいことかもしれないし、大きなことかもしれない。自分にとっては些細なことかもしれないし、相手にとっては重大なことだったかもしれない。  ただ、気付いたら、クラスのみんなから距離を取られるようになっていた。  それがわかった瞬間、「またか」と思ってしまったのだ。  中学校でもそうだった。表立って何かをする、ということは――もちろん一部にはあったけれど――あまりなくて、ただ、みんなから距離を取られる。話しかけても無視をされるか、良くても曖昧な対応ばかりされる。  だからこそ、彼女が話しかけてくれたとき、とても、とても嬉しかったのだ。  三年生になって初めて同じクラスになった子で、たまたま最初の席順で隣同士になって、その頃には私に話しかける人なんてほとんどいなくなっていたのに、彼女はそんなことなど露も知らない様子で「よろしくね」と声を掛けてくれた。  私と違って闊達な子で、社交的で、私以外にも友達はたくさんいて。  でも、いざ進学の話になったとき、たまたま希望先の学校が同じで、コースも同じで。  ――一緒に魔法科に行こう、って、約束したんだけどな……  結局、科が違えばクラスも違う。休み時間に会えると言ったって、それは学校で過ごす時間のうちのとても限られた短い時間だ。  とはいえ、今はもう、中学のときのように辛くはない。  このクラスの人たちも、確かに距離を取ってはくるものの、中学のときのようなあからさまな雰囲気はない。ただ、本当に、なんとなく私に近づかないようにしている。影が薄いというのもその延長みたいなもので、そこに悪意は感じないのだ。  いま思えば、中学時代も、最初は今と同じような扱いだった気がする。影が薄くて、たまに先生やクラスメイトに忘れられて、でも声を上げればちゃんと認識はしてもらえて。  だが、当時は、辛かった。まるでないもののように扱われるのが耐えられなかった。だから一生懸命に存在をアピールして――  きっと、それがきっかけのひとつだったのだろう。視界にちらつく虫のような鬱陶しさを、同級生たちは覚えたのだろう。  壇上からチョークで黒板を叩く音がする。  教師が振り返り、クラスの誰かを指名する。影が薄いと、こういうのには絶対に当たらない。それだけは利点だと、内心で少し笑いながら、窓の外に視線をやった。
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