あなたがいればそれでいい

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あなたがいればそれでいい

 魔法科のクラスに、とても影の薄い子がいるらしい。  らしい、というのは、影が薄すぎて、本当に在籍している子なのかすらあやふやだから。  話に聞くと、一応クラスに席はあって、担任の名簿にも名前があって、グループ活動のときもどこかしらのグループに入っていて――だから、確かに在籍はしているのだろうという、そんな認識。ただ、誰もその子のことをよく覚えていない。その子が、誰を指しているのかもよくわからない。  この話を魔法科の友達にすると「あー、あの子かな?」とか「あいつじゃない?」とか、聞くたびに出てくる名前が変わる。  忘却というよりも、認知の段階でぼかしが入っているような感じだ。  まるで「人払い」を、特定個人の周りにだけ展開したような。 「なんかもう七不思議の類だよねー」  昼休みの中庭。ベンチでお弁当を食べながら、隣にいる友達に話しかけた。 「陰陽科ではそんなに話題になってるの?」 「それはもう! というか、魔法科では話題になってないの?」 「逆になってないかなあ。だって影が薄いって話なんでしょ?」  友達の言葉に「確かに……」と納得する。影が薄いということは話題に上がらないということだ。 「普通科ではどうなんだろう」 「普通科は私たちあまり行かないし、友達もいないからねえ」  友達は苦笑気味に肩を竦めながらも、私の弁当箱から卵焼きを奪っていく。 「あ、キサマ!」 「隙が大きいぞ~」  相手から何か奪い返そうにも、なんと友達の今日のお弁当はサンドイッチ。奪えるものがない。残念ながら挟んでるパンの片割れを奪うほどの性格の悪さは持ち合わせていないのだ。  そうこうしているうちに予鈴が鳴った。 「わあ、もうこんな時間!?」 「早く食べちゃわないと」  おしゃべりに華を咲かせ過ぎたらしい。お互い急いで弁当箱を空にすると「ごちそうさま」と手を合わせる。 「じゃあね」 「また放課後」  手を振りながら、それぞれ別の校舎へと走った。  私たちの通う高校は、魔法科と陰陽科、そして普通科に分かれている。  普通科はそのまま、普通の高等教育を受ける場所だ。だいたいの人は中学卒業後、普通科に進む。というよりも、魔法科や陰陽科がある高校自体が少なく、さらに一学年一クラスしかないようなところばかりで、倍率がとんでもなく高い。  加えて、魔法科と陰陽科は適正試験がある。どちらの適正もないという人は少ないらしいが、基本的には片方の適正しか持たないため、希望の方に進めるとは限らない。私自身、友達と同じ魔法科を志望していたのだが、ものの見事に適正で弾かれてしまった。こればかりは先天的な資質の問題らしく、金にものを言わせようが権力で圧をかけようが無意味と聞くほどだ。諦めて陰陽科に進んだ私と違い、希望が通らないなら普通科に行く……という子も少なくないらしい。  将来の仕事を考えたら、普通科がいちばん潰しが効くというのは、私の将来性を案じる母親の言葉だ。  とはいえ、陰陽科の授業は習ってみればそれはそれで面白かったので、自分の進路に後悔はしていない。  強いて言うなら、なんとなく決まった友達がまだ作れていないところだろうか。クラスの子とは普通に話すし、噂話で盛り上がったりもするのだけれど、なんとなくひとりでいることが多い気がする。  ――まあ、別にいいんだけどさ。  陰陽科にはいなくても、魔法科には友達がいる。棟が違うが、休み時間になれぱいつだって会える。  本鈴ギリギリに教室に駆け込み、席に着いた。
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