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序章 少年の願い
――これは、愛を知らないある男の物語。
「かみさま、ぼくの心をなくしてください」
年端も行かぬ少年が、雪の降りしきる夜に窓を開け放ち、必死に祈っていた。
「おねがいです。ぼくの心をなくしてください。たのしいことも、うれしいことも、なにもいりません。だから、かなしいことをなくしてください」
上から下へゆっくり落ちていた雪が、一陣の風で好き勝手な方向に舞い飛んだ。
カーテンを揺らし、窓辺の少年の頬にも髪にも小さな雪片が着くと、すぐに溶けて雫になった。
「かみさま、おねがい…もういやなんです。わらわなくていいから、なきたくもない」
『心を無くすとは何事か』
大いなる存在が少年に語り掛ける。
『心を無くせば、誰かを慮ることも難しくなる。それはお前がゆくゆく王となった時に困るのではないか』
「だれかを思うまえに、だれもぼくを思ってくれません」
もう一度風が揺れ、雪がまるで下から湧き出ているように見えた。
『ではお前の心のほとんどを預かろう。残った僅かな心が愛を忘れずにいたのなら、その時は強靭になったお前の精神に心を返そう。だが愛を忘れてしまったのなら。そんな者に国の長を任せるわけにはいかぬ。愛を忘れたお前の心は凍てつき、やがてお前自身を飲み込むだろう』
教会に響く司祭のような声は、舞い上がる雪と共に空に消えた。
少年はふと、今まで胸を締め付けていた苦しみから解放されたことに気づいた。
「かなしみもくるしみもいらない。だからあいもいらない」
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