水を得た魚

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ビルが建ち並ぶオフィス(がい)の一角。 小洒落(こじゃれ)たカフェテリアのテラス席でホットコーヒーを飲んでいる40代のメガネをした男。 短めのサイドに(おお)いかぶさるように前から後ろに流したオールバック。長めのトップには所々白髪が目立つ。 その髪色に似た濃いグレーのスーツズボンに白いワイシャツ姿のいかにも会社員といった出で立ちで、男は手にしていたタバコを数回吹かして、晴天の空を(あお)いでいた。 すると、突然彼の視界に入ってきた女性の顔に驚いた矢先、 バシャッ! 男のくわえていたタバコの火が消えるのと同時に、していたメガネと顔に水がかかった。 咄嗟(とっさ)にタバコを灰皿に置き、濡れたメガネを外してもう一度先ほどの場所を見渡した。 「野木崎(のぎさき)・・・・?」 男は目が悪いようで、細めながら顔を近づける。 向かいに突っ立っていた女は、鬼の形相(ぎょうそう)でこちらを(にら)んでいた。 「これ、どういうことです!」 テーブルを叩くと同時に女はそう叫び、一枚の用紙を目の前に差し出した。 「ああ。見ての通りだ」 顔の水を手で拭って体勢を整えている男の、首元のネクタイを女は鷲掴(わしづか)みにした。 「どうして、大久保(おおくぼ)がチーフに昇格なんですか?この前の企画を発案したのは私ですよ!それに、あの男は何の結果も出してないんです!全部部下にやらせてばっかりで、あいつは口ばっかで、そのくせ手柄は自分のものにするサイテーヤローなんですよ!」 男はネクタイの輪が締まらないよう右手の指を二本引っ掛けて、女の話が終わるのを待っていた。 「野木崎・・・・それが会社だ、俺にはそれしか言えない」 野木崎と呼ばれた女性はその言葉にさらに苛立(いらだ)ちを見せ、コーヒーカップに手を掛けた。
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