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「なら、君は上には向いてないな」
「かといって、課長も向いてるとは思えませんが?」
「俺は下でいい。下がいいんだ」
「つまんない人生」
「君に俺の人生の価値が分かるのか?」
「わかりません、解りたくもありません」
「解りたくても真に理解することはできない、それが人と人の関係だ」
そう言いながら、彼はどこからかタバコを一本取り出してくわえた。
「今日、吸い過ぎじゃないですか?」
「・・・・そうだな」
一度くわえたタバコを着ていた黒のコートのポケットにしまい、それと同時に足を止めた。
「ここでいいか?」
立ち止まった建物は事務所から数分離れたところにある“TWILIGHT”と書かれたお店だった。
黒ベースのシックな雑貨屋のような店の入口。ドアのガラス部分に小さく入った白文字の店名が、ランプ風の灯りに遠慮がちに照らされている。
ドアを開けて細い通路を抜けると、そこには狭く小さなバーカウンターがあった。
黒の壁を落ち着いた照明が辺りを柔らかに映し出していて、暗がりの中に見えたカウンターのイスは6席のみで、客は一人も見当たらない。
こじんまりとした空間には大人の魅力を引き立たせるかのような、ミュートを利かせたトランペットのジャズ(※)が流れる。
「小っちゃ。せま。」
「元がラーメン屋の居抜きだからな。まあ、そこがいいんだよ」
杏を先に通して通路を行くと、カウンター内に佇んでいたバーテンダーが声をかけてきた。
「いらっしゃいませ、佐古さん。お待ちしてました、そろそろ来てくれるんじゃないかと・・・・」
20代半ばくらいの男。
細身の体には少し大きめに見える白のワイシャツと黒いベストを着込んで、パーマがかかった長めの黒髪から覗く右耳にはピアスが光る。
襟元には雰囲気重視の黒の蝶ネクタイと、顎に少しばかりの髭を生やしている。
「ああ、今村さん・・・・今日はオーナーいないの?」
「はい・・・・給料日前の金曜日なので、暇だと見越して多分サボっています」
佐古はそれに笑いを見せながら、黒塗りの壁に掛かっていたハンガーを手にする。
(※曲参照:チェットベイカー /I Waited For You)
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