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「今村さん、ゴメン・・・・」
その言葉に今村は驚き、下に向けていた視線を佐古に合わせる。
「佐古さん・・・・どうして謝るんです?」
「この店の雰囲気に合わない奴を連れてきたから・・・・」
それに今村は口から息を漏らすようにして、口角を大きく上げて笑った。
「色々なお客様がいるからこそ、ですよ。居酒屋のように利用される方もいますし、バーと言ってもそんなに気取ったところではありませんので、どうかお気になさらず・・・・」
佐古は目の前のショットグラスをつかみ、彼の前で揺らして微笑んだ後で、グラスに口をつけて勢いよく顔を上に向けた。
「んあ゛ぁー、空きっ腹は・・・・やばい」
「何か、ミックスナッツやスモークチーズでもお出ししましょうか?」
「あ、課長、それズルイ」
佐古の左に座っていた杏が透かさず口を挟んできた。
「狡い、たって・・・・こっちは残業で飯まだなんだよ」
「イッキ飲みの勝負に、フード挟むバカがどこにいるんです?こっちは課長の得意なお酒で勝負してあげてるんですよ!」
杏は佐古を睨みつけながら、目の前に置かれたウイスキーをまた一杯と空けていく。
「大学の飲み会じゃねーんだよ」
「ズルしたら負けですからね、絶対勝ってやるんだから」
「じゃあハンデつけて、俺は度数の高いウォッカにでもしようか?」
「途中から水とかってセコいことするんじゃないでしょーね?」
杏の言葉に鼻で笑って、手元のウイスキーを喉に流し込んだ。
「じゃあ、チェイサーとして水を頼んだら?このペースじゃぶっ倒れるぞ」
「じゃあ、水下さい・・・・なんて素直に言うと思います?」
「いや、病院行きとかになったら俺が困るから」
佐古はウイスキーを注ぐバーテンダーに目を向け、指を数回コツコツと鳴らした。
「今村さんの目から見て無理そうなら、ストップしてくれる?」
「ええ。それはもちろん」
「ありがとう・・・・あと、普通はこのペースでは飲まないだろうけど、どれくらい飲めるもんなの?」
「平均で5、6杯ってところですかね・・・・ウイスキーだけでなく他のお酒も頼まれることがほとんどなので、アルコール度数は異なりますが・・・・」
バーテンダーの話が終わるのと同時に、出てきたグラスをすぐにつかんで呷った。
「ヴゥン、ああそう・・・・ありがとう」
タンッ!
話に相槌をして左を見ると、勢いよく飲み干してグラスを力強く置く杏の姿があった。
彼女は重たそうな瞼を無理に開き、佐古の顔前に中指を突き立てる。
右の口端を引き攣らせて佐古は笑った。そうしてすぐに彼の笑みは消え、尖らせた目で杏を見た。
「野木崎、知ってるか?アルコールは合法的な自白剤だってこと」
「あ?・・・・自白剤?」
「酔った相手にあれこれ聞くことで、案外ベラベラと喋ってくれる」
「それが何なんです?」
「いや、別に・・・・」
今村は続け様にウイスキーの入ったグラスを静かに二人の前に置き、佐古が飲もうと手を伸ばしたところで杏はテーブルに顔を伏せるようにして動かなくなった。
佐古は徐に左の袖を上に引っ張り、腕にしていた時計を覗き込んで、取り出したタバコに火をつけた。
その彼の様子を見てからバーテンダーはそっと杏に目を向けた。
「君、ウイスキーは飲める?」
佐古は彼の注意を自分に向けるように、杏の前に置かれたショットグラスを持ち上げた。
「いえ、僕はウイスキー苦手なので・・・・」
「そう。じゃあ、もらうね」
自分の前にあったショットグラスに手の中のグラスを傾けてウイスキーを移し、ダブルになったショットグラスを佐古は一気に飲み干した。
そうして顔色一つ変えずにタバコを吹かし、彼は再び口を開く。
「今村君、隆治・・・・いや、オーナーから俺のことどれくらい聞いてる?」
そう話しかけられて、バーテンダーは杏に向けていた視線を素早く佐古に戻す。
「昔・・・・コワイ人だったと・・・・」
佐古はそれを鼻で笑い、吹かしたタバコの煙を口から吐くと同時に、懐から茶色い財布を取り出して一万円をカウンターに置いた。
「今村君に・・・・チップ。今日のことは内緒で」
「はい・・・・」
「あと、お会計お願い」
「はい・・・・」
会計を素早く済ませ、テーブル上に倒れ込んだ杏を肩に乗せて佐古は店を出た。
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